おジャ魔女どれみNEXT
第9話「おんぷの闘い」
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「いらっしゃいませ〜。あたしは瀬野藍子14歳。特技はお好み焼き!どないな素材でもお好みのまま焼き上げるカリスマ鉄板焼職人!よろしくね♪………17番瀬川おんぷでした。よろしくお願いします」
 舞台でおんぷは演技をした後に頭をさげた。客席の中央付近に横一列にならんで座っている審査員達は手元の資料とおんぷを交互に見比べている。おんぷは慣れた様子で笑顔を見せている。ここでは映画『カリスマ鉄板焼職人』の主人公“瀬野藍子(せのあいこ)”役のオーディションの1次審査が行われていた。課題は、資料を見て、その役になりきって挨拶をする。もちろん台詞は決まっていない。台詞を考え、さらにイントネーションなども考慮する課題だ。
 別室のモニターでオーディションの様子を見ている少女がいた。少女は猫の様な口をして当然のように呟いた。
「さすがね。おんぷちゃんが演じると、私の藍子のイメージそのままだわ…って当然だけど」

 自分のオーディションを終え控え室に戻ってきたおんぷ、部屋に入ろうとドアノブに手をかけた所で動作が止まる。それは中から聞こえてきた声によるためだった。
『何で、出てくるかな〜』
『ほんと、そんなに大きな映画じゃないんだから、新人に譲れって感じよね』
『私、辞めちゃおうかな…このオーディション。ばかばかしいよぉ〜』
“ガチャ”
 無言でおんぷは部屋に入ってきた。中でお喋りしていた同年代の役者達は黙り込んでしまう。おんぷは彼女達に気もくれず、荷物をまとめて部屋を出て行った。

 この日のオーディションはこれで終わりで、終了した人から帰って良い事になっていた。おんぷは何気なく舞台のそでにやってきた。舞台ではちょうど、星河りずむのオーディションの最中だった。
「あたしは瀬野藍子。カリスマと呼ばれた鉄板焼職人や。お父ちゃんとお母ちゃんの夢、この店は私が守るっ!……24番、星河りずむ。おねがいします!」
 力強い自然なイントネーションにおんぷは敵ながら凄いと思ってしまう。星河りずむはキャリアはおんぷよりずっと少ない新人だが、最近、人気上昇中のアイドルだった。そして大阪出身。今回のオーディションは彼女が最有力候補とされていた。おんぷはりずむのオーディションを見届けて帰っていった。

 数日後、同じ会場にて2次審査が繰り広げられていた。脱落と棄権を合わせて、人数は1次の四分の一になっていたが、おんぷとりずむは共に勝ち残って、その舞台に立っていた。会場はソースの焼ける匂いと煙に包まれていた。2次審査の課題は実際にお好み焼きを焼いてみる事だった。おんぷは前日の特訓の成果の甲斐あって、かなり様になっていた。しかし、りずむはそんなおんぷよりはるかに手際よくお好み焼きを焼き上げる。
「関西じゃ、これぐらい出来て当然よ」
 終了後の控え室でりずむはライバルの少女達に言う。
「そんな訳ないって」
 おんぷは小さく呟いてつっこんだ。実際の審査基準は映画の撮影なので、上手く美味しく作る事ではなく、いかに本物っぽく映像映えする焼き方が出来るかだった。その点ではおんぷは自信があった。
 おんぷは自分が控え室にいると気まずいのを感じ、早々に部屋を後にした。おんぷが退室した後は、おんぷに対する批判的な話で盛り上がる事はおんぷにも簡単に想像できた。
「りずむちゃん、勝ってね」
「おんぷちゃんの好きにさせないでよ」
 すでに映画出演を諦めた感じの少女達が無責任にりずむをはやし立てる。
「…私だって、負ける気は無いわ」
 りずむはそれに力強く答えた。

 おんぷは重たい表情で廊下を歩いていた。別にこのオーディションにおんぷが出てはいけないという決まりは無い。またこの世界は実力主義だ。ライバルがどんなに大きくても押し退けて自分をアピールするようでないと、将来この世界では生き残れない。それらは理解していたが、他人の無責任な言葉や態度は心を傷つける。しかし、なまじキャリアが長く、大人びたおんぷはすぐに気持ちを切り替える事ができた。その傷を何処かに隠してしまうように…。
「こんな事、私が考えても意味ないわ」
 そう言って、走り出そうとしたおんぷだったが、突然開いた扉から飛び出した手に腕をつかまれ、その部屋に引っ張り込まれた。
「きゃっ」
 小さな悲鳴と共に飛び込んだ部屋を見渡し、次に手を引いた人物を見つめる。それはオーディションを別室でモニターしていた少女だった。薄めの色でのカールした髪にヒラヒラのドレスの様な服。そして失礼かもしれないが、それにはあまり似つかわしくない猫の様な顔。おんぷはその少女の名前を口にした。
「信子ちゃん」
 信子は嬉しそうに頷いた。横川信子。おんぷと同じ美空第2小出身の中学生だった。創作好きで、少し風変わりな小説や漫画原作を数多く作っていて、おんぷもその読者の一人だった。そして今回の“カリスマ鉄板焼職人”は…。
「おんぷちゃん、ここでは縦川信人よ。気をつけてね」
 信子は悪戯っぽく言う。縦川信人はペンネームだろう。そしてその名前で応募したシナリオコンクールで優秀賞を取り、今回“カリスマ鉄板焼職人”が映画化されると言う訳だ。
「そっか、信子ちゃんはここで審査に参加していたのね」
 部屋のテレビ等の設備を見ておんぷはそう結論付けた。信子はその通りと頷いた。
「原作者がまだ中学生だから、表向きは審査員を出来ないんですって…何故か。でも私の意見も聞きたいって事で、こういう手段をとっているのよ」