おジャ魔女どれみNEXT
第18話「まさる不機嫌」
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 電話が鳴る。夕方の少し薄暗くなった自室でパソコンのモニターを見つめていたごうじは、鳴り止まない電話のベルに他の家族が居ない事を知り、そそくさと電話をとりに行く。
「はい、中田ですけど。あっ、矢田君、久しぶり。何か用かな。えっ、おんぷちゃんの事務所の場所。それならね……」

 まさるは唖然としていた。てっきり、資料を調べるか、インターネットで検索してくれると思っていたのだが、おんぷの事務所を聞いた途端に間髪入れずに、ごうじはその正確な住所を言ってのけたのだ。かなりのおんぷマニアで知られる彼だが、まさかここまでかとまさるはちょっと引いていた。
「サンキュ。助かったよ」
 まさるはそう礼を言って電話を切った。このやり取りを後で聞いていた小竹と長谷部は不思議そうに尋ねる。
「何で、お前が瀬川の事務所に用があるんだ」
「お前等、もういい。暗くならないうちに帰れよ」
 まさるは二人にそう言って歩き始める。当然の様に後をついてくる二人。まさるは振り返り拳をワナワナ震わせて言う。
「お前等、殴るぞ」
「矢田、お前、そんなにイライラしてたら、オーディション受からないぞ」
 と言った長谷部の一言がまさるを切れさせる。怒って飛び掛ってきたまさるに長谷部と小竹は別の方へ走って逃げていく。

***

 ルカ・エンタープライズ。魔女のマジョルカが経営する瀬川おんぷの所属プロダクションだった。その美空市にあるその事務所。今は仕事の為におんぷとマネージャーであるおんぷの母は不在だったが、応接室でははづきと社長のマジョルカが深刻そうに話し合っていた。
「そうですか……そんな事に」
 はづきはそう言って俯いてしまう。
「あちらの言う事はもっともだわ。それに著作権を盾にとられるとこちらは弱い」
「魔女、特に芸術家の魔女は偏屈が多いからねぇ」
 慎重に話すマジョルカに続いてペルシャ猫が超軽い口調で言う。彼女はマジョルカのお付の妖精ヘヘの変化した姿だ。
「とにかく、私が話しに行ってみるけど、もしかすると……。その時は覚悟しておいてちょうだいね」
「お手数お掛けして申し訳ありません」
 はづきはそう言ってマジョルカに頭を下げた。そこにおんぷが帰ってきた。
「はづきちゃん、下に矢田君がいたけど、待たせてるの?」
 部屋に入るなり、おんぷははづきにそう言う。はづきはどうしてと首を傾げ、マジョルカに会釈して事務所を出て行く。おんぷは難しい顔をしているマジョルカを見つめ、尋ねる。
「結局、どうなったの」
「私がマジョモニカに交渉しに行くわよ。それしか無いもの」
 おんぷもそれしか無いと思っていたから、ふーんという感じに聞いていて、ポツリと呟く。
「交渉なんてマジョルカ向きじゃ無いのにね。昔のマジョルカなら、こんな面倒な事、絶対にやらなかったでしょ」
「そっ、そうそう、私もそう思う」
 へへが嬉しそうに主張する。
「昔ならね」
 それはマジョルカも認める。そして告白するように言う。
「金儲けの為に始めた芸能プロダクションだけどね。今はそれだけじゃ無いのよ。あなた達、元おジャ魔女の夢に私も乗せてもらっても良いでしょ」
「マジョルカ、変わったね。今のマジョルカ、良いよ」
 おんぷはそう言って微笑んだ。

***

 事務所の外の通りでは制服姿のまさるがウロウロしていた。そこに、建物から出てきたはづきが声をかける。
「ま、まさる君」
 走ってきたのか息が弾んでいる。
「藤原、こんな所で何してんだ」
「まさる君こそ」
 尋ねてきたまさるにはづきは聞き返す。まさるは何食わぬ顔で答える。
「ちょっとこの辺に用事があっただけで」
 見え見えの嘘にはづきは心の中で笑うのを堪える。そして二人は何も言わなくてもお互いの家のある区域の方へ歩き始める。しばらくしてはづきはまさるの最初の問に答える。
「私は……ちょっと相談ごとで…」
 と言うはづきの表情は暗くなっていく。まさるはチラリとそんなはづきの表情を見て呟く。
「何か心配事か、話せよ。俺でも何かできるかもしれない」
「でも、まさる君、何か私に用があったんじゃ」
 はづきは顔をあげて尋ねる。まさるの事はお見通しの様だ。まさるは見透かされている事の照れ隠しか、はづきの事を思ってか、強めに言う。
「藤原が先だっ」
 そう言って、ちょっとムスっとしてはづきの前を歩いて行く。はづきはそんなまさるの背中に語りかける。
「おんぷちゃんの事務所の社長さんに音楽クラブで演奏する曲の楽譜を頼んでいるの。海外のちょっとマイナーな小さな国の曲だから、普通じゃ手に入らないの」
 前を歩くまさるは“それで瀬川の事務所にはづきが通っているのか”と納得していた。
「とても良い曲なの。でも、日本じゃ、ほとんど聞いた人はいない曲で、私は発表会とかで演奏する事でもっと多くの人に聞いて欲しいと思っているの。でも、その曲の作曲家さんは私のしている事を知って、すぐに止めるようにって言ってきたの」
「何でだよ、曲を作るって事は多くの人に聞いてもらいたいんじゃないのかよ。藤原のしてる事はそいつ為になる事じゃないのかよ」
 まさるは信じられないとばかりに吐き捨てる。
「その人の為かはわからないけど、いずれはその小さな国を私達の国が知って付き合っていくきっかけになればと思っていたの。反対される事もあるって覚悟してたけど、いざ、その時が来て私自身は何も出来なくて……どうすれば良いか」
 はづきの口調は段々涙声になっていく。まさるは不意に立ち止まって、はづきに背中を向けたまま告げる。
「藤原、お前、間違った事はしてないんだろ」
「うん。ちゃんと一応、作曲者名は明かしてるし。著作権は侵してないと思うけど」
 はづきは自信なさげに答える。ちなみに実際の作曲者は魔女なので、名前のマジョの部分はMと略して紹介していた。
「だったら、自信を持てよ。間違ってないと思うんなら、自分のやり方を貫き通せ。もしそれが間違っていると思ったら、その時は全力で謝れ。それで何とかなる」
 まさるの力強い言葉にはづきは顔をあげる。そして笑顔で頷いた。元気が出てくる気がした。