おジャ魔女どれみNEXT
第21話「ゆき先生憂鬱」
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“コンコン”
 保健室の扉をノックする音が聞こえた。ゆき先生はビクっと驚いて、焦って指をパチンと弾く。すると、次の瞬間、ぽっぷの体はカーテンで仕切られたベットの中だった。ぽっぷは一瞬何事かと思うも、息を殺して様子を伺う事にした。
「はい、どうぞ」
 と言うゆき先生の言葉に扉が開いて、美空中学の制服姿の少女が入って来て言う。
「あの……今年の三月に卒業した……」
「冬野そらさんね。どうしたんですか?」
 ゆき先生はさらりと言う。
「覚えてくれていたんですか。卒業してからも迷惑かけてごめんなさい」
 そらは申し訳なさそうに言うと、ゆき先生は嬉しそうに答える。
「卒業した子が尋ねてくるのは教師にとっては喜びなのよ」
 卒業後もゆき先生に相談に来る児童は多かった。そんな子達をゆき先生は笑顔で迎え入れていた。ゆき先生の正面の椅子に座ったそらは言い難そうにモジモジしている。そんなそらの心の準備を待つようにゆき先生は立ち上がりお茶を入れ始める。湯呑が三つ湯気を上げる。ゆき先生がこっそりと指を弾くとその一つが消え、カーテンの向こう側のベットに腰掛けているぽっぷの手に出現する。
“なんで、あんな魔法を。ゆき先生、やっぱり何処か変だよ”
 ぽっぷはお茶を啜りながら思った。ぽっぷをベットに転送した魔法は何処か条件反射的に思えたからだ。保健室に誰かが来るのを恐れている、若しくは学校関係者に会わせる事の出来ない訪問者がいるかのような。
「冬野さんは春風さんの作った魔法研の部員なのよね」
 そらにお茶を運びながらゆき先生が言う。話すきっかけを作ろうとしているのだ。そらは頷く。ぽっぷは突然、自分の苗字が出てきた事に驚く。この場合の春風は姉のどれみの方なのだが。
「実は……その春風部長の事で」
 そらはつられる様に話し始めた。その話がまさかの姉の事だったので、ぽっぷはさらに驚く。
「春風さんの」
 ゆき先生はどんな悩みなのか想像がつかないという風に首を傾げる。
「私、幼い頃から魔法や魔女に興味があって、MAHO堂にも不気味な魔法グッズの頃から年に数回通っていました。後に春風先輩がMAHO堂を手伝うようになって、先輩は憶えていないと思いますけど、落ち込んだ時、何度か元気付けて貰ったんです。MAHO堂のお花やお菓子に」
 そらの話にゆき先生は嬉しそうに微笑む。
「そうでしたの」
 そらは続ける。
「私、密かに思っていたんです。それを確認しなきゃって思い立った六年生の時、MAHO堂は既に無くなっていました。そして中学生になり、私はMAHO堂と再会しました。ううん、MAHO堂と同じ雰囲気のあるクラブがあったんです」
「それが春風さんの魔法研」
 ゆき先生が付け加える。そらは頷いて…。
「はい。私は嬉しくてすぐに入部しました。そしてあの時、訊けなかった事を……って思ったんだけど。それを口にすると、MAHO堂の時みたいに消えてしまうんじゃ無いかと思って」
 言いながら、そらは俯いて、どんどん声が小さくなっていく。
「尋ねたい事って……」
 ゆき先生は慎重に尋ねると、そらは俯いたまま答える。
「春風さんは魔女なんじゃないかという事なんです。私の中ではどう考えても、そう結論が出ちゃうんです。でも、それなら、わざわざクラブを作って魔法を研究しなくても良いと思うんですけど、それさえ、何か意味があってだとすると……」
 そらは顔を上げて、興奮気味に主張する。ゆき先生は真剣な表情でそらを見つめながら、しばらく考える。
「春風さんが魔女かどうか……聞くべきか聞かないべきかって事ですか」
 呟きながら徐に立ち上がったゆき先生はカーテンをガラっと開ける。するとベットに腰掛け、聞き耳を立てていたぽっぷの姿が露出する。そらは焦って手をバタバタさせてぽっぷに言う。
「い、今の話、忘れてくださいっ」
 ゆき先生はぽっぷに微笑みかけて声をかける。
「ぽっぷちゃんはどう思う?」
 ぽっぷは取り乱しているそらの方を向き、落ち着いた感じに話し始める。
「春風どれみの妹の春風ぽっぷです」
「えっ、先輩の妹さんっ」
 そらは驚いてしまう。ぽっぷは何でも無い様に告げる。
「言ったら言いと思うよ。お姉ちゃんびっくりすると思うけど……結局、最後は喜ぶと思うから」
「私もそう思います」
 ゆき先生は笑顔で同意する。そらは肩の重荷が取れたようなすっきりとした表情で…。
「私、訊いても良いんですね」
「ええ。きっと、今以上に仲良くなれると思いますよ」
 と言うゆき先生にそらは笑顔で立ち上がり深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ゆき先生。ありがとう、ぽっぷさん」
 そしてそらは嬉しそうに保健室を後にして行く。ぽっぷは少し照れくさい気分だった。
「どれみちゃん達は魔女にはならなかったけれど、ちゃんと魔女の姿を人間界に伝えてくれているのですね。立派に人間の魔女だと思います」
 と呟くゆき先生の顔は魔女の世界の女王の顔だった。
「お姉ちゃんもあの人と同じで魔法とか魔女とか好きな子供だったから」
 ぽっぷはそんなゆき先生の隣でそう言って、残っているお茶を飲み干すのだった。

 ぽっぷは考えていた。突然の卒業生の悩みを難なく解決し送り返すゆき先生にはおかしな点は無く、到って普通だと思えた。おかしな点と言えば、訪問者に対する必要以上の警戒だった。思い切ってぽっぷは尋ねる。
「誰か、困った人が頻繁に来るんですか?」
「えっ、困った人って」
 一気にゆき先生の眼鏡が曇りガラスに変化する。図星か、確信に近い様だ。それが誰なのかぽっぷが追及しようとした時、保健室の天井付近に音符状の粒子がクルクルと回り始め、次第に光が収束して行く。誰かが魔法でここにやって来ようとしているのだ。眩しさに目を細めながらぽっぷはそう感じていた。そして光が弾けると……。

***

 小学校を後にし、小降りの雨の中傘をさし少し歩いた辺りで、そらは同じクラブの三年生秋月めいとばったり会う。
「めい先輩、どうしたんですか、こんな所で」
「あなたこそ」
 二人は尋ねあってしまう。
「小学校の先生に会いに」
「私は知り合いに会いに。でも、忙しそうだから帰る事にしたの」
 そうなんですか…と、そらはめいと一緒に歩き始めた。