おジャ魔女わかば
第1話「わかば、魔女に会う!」
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「それじゃ、またね」
 勇太はそう言って、自分の家に入って行く。わかばはそれを見送り、道の先にある角を曲がった向こうにある自分の家の方を見つめながら…さっきの焦りを思い出していた。それは必死に勇太に悟られまいとしていた感情だった。
“春が終わったら…会えない”
 わかばは振り返り、家とは逆の方向へ走り出した。

***

 わかばは学校の裏の森に戻ってきていた。森はさっきと違い不気味という化粧をしたみたいだった。わかばはとにかく走った。迷ってもいいとさえ思った。迷えばまた彼女に会えるかもしれないから…。
“ビチャ”
 湿った地面を踏んでしまい、泥が跳ねる。わかばはそこがあの沼の周辺である事に気が付いた。そしてあの声が聞こえてくる。
“ゲロゲロっ…ゲロゲロっ…”
「ひぃっ」
 わかばを取り囲むように鳴いているカエル達。わかばはカエルが大の苦手だった。一秒でも早く、この場を逃げ出したい。でも、怖さで強張った体が思うように動かない。
“ゲロゲロっ…ゲロゲロっ…”
 カエルとカエルの声に包まれ動けないほんの僅かな時間も、わかばにとっては長い苦痛の時間に感じられた。
“ポツ…ポツ…”
 突然、わかばの頬を打つ冷たい感触にわかばは我に返り、重苦しい状態から解放された。雨が降り出したのだ。わかばは急に自由を取り戻した反動か、雨のせいか、自分でも分からない内に走り出した。雨はどんどん酷くなっていく。

 わかばはただ“キキに会いたい”という気持ちだけが先走り、自分が何処をどう走ったかさえもさだかでは無いという意識で、いつの間にか森を抜けてしまう。そこはわかばにとって来た事も見た事もない道。そして道の向こう側に一軒の洋館が見えた。わかばはその洋館の方へと歩き出していた。
「少し、雨宿りさせてくださいね」
 わかばは誰に言うでもなく、小さく言い、洋館の軒下に入って雨をしのいだ。すでに雨は小降りになっていて、じきに止みそうだった。わかばは洋館の入り口の前についている立て看板を見て呟いた。
「占いの館・魔法堂……こんな所にこんなお店があったんだぁ」
 言いながら、わかばは自分の手が洋館の入り口の扉を開けようとしているのに驚きを感じた。
“何だか…呼ばれている感じがする…”

***

 洋館の中、占いをする店のスペースと思われる薄暗い場所。そこは得体の知れない物体がたくさん暗闇の中に置かれ、不思議な雰囲気を醸し出していた。その奥で、黒いフード付きのマントを身にまとった占い師と思われる女性が誰かと話をしていた。
「暇じゃ…。やっと女王様の開業許可が降り、オープンして一ヶ月になると言うのに、このありさまは何じゃっ」
 呟きながら怒り出したお世辞にも若いと言えない口調の占い師に、こちらは文句なしに若さを感じられるような女性の声が告げる。
「マジョミカさぁ、最初の客の運勢をズバッと当てて、その後、口コミで大評判。ガッポガッポ儲けてやるって言っていたのはどうしたのよぉ〜」
 若い方の声は占い師をマジョミカと呼ぶ。彼女はこっそり人間界で商売をしている魔女だった。
「その最初の客がまだ来ないんじゃから、どうしようもないじゃろ!」
 マジョミカは上を見上げて怒鳴りつける。その視線の先にはピンク色の尖がり帽子と髪の小さな人間…小人が淡い光を放ちながら浮遊していた。彼女が話し相手のキキと言う名前の妖精だった。
「この街は平和って事なのねぇ〜」
 キキはほのぼのと言い、思い出したように喋り始める。
「…そう言えばね、聞いたんだけどね。呪いの森から無事帰還した者が現れたそうよ。しかも魔女見習いで」
 噂好きで、趣味は情報収集というキキの“そう言えば、聞いたんだけどね”という、噂話の披露が始まった。事実、キキはかなりの情報通で、人付き合いの不得手なマジョミカが世間の話題に辛うじてついていけるのは彼女のおかげと言っていい。マジョミカはいつもの事という感じに相槌を打ちながら答える。
「それくらい知っておる。その時に水晶玉を失ったんじゃろ。魔女としてはお終いじゃ」
 呪いの森とは、魔女の世界・魔女界にあり、中に踏み込んだ魔女は二度と帰っては来ないという恐ろしい森だ。過去、唯一戻ってきた魔女も千年の眠りについてしまったという。そんな森から無事帰還したのが見習い魔女というのだから大ニュースである。したがって、いくらマジョミカでも少しは知っていた。
「マジョミカ甘いわ。私の情報収集能力をなめないでよ。実はね、女王様が何とかして、あのおジャ魔女達を魔女にするって噂なのよ。元老院はそれで二つに割れちゃって対立しているとか…」
 マジョミカはどっからそんな情報が入るのかと、不思議がり、ある単語の首を傾げた。
「おジャ魔女?」
「えっ…マジョミカ、知らないの?その魔女見習い達の愛称みたいなものよ。魔女見習い以下のお邪魔な魔女って意味らしいけど…」
 キキは情報に疎いマジョミカを哀れそうに思いながら説明していた。そんな時。
“ミシッ”
 床板が軋む音がして、マジョミカとキキが音の方へ振り返ると、そこにはビショビショの濡れたツインテールの少女が立っていた。二人は話に夢中で、存在感の薄いわかばの入店に気付かず、この距離に接近するまでわからなかったのだ。

■挿絵[240×240(5KB)]

「ご…ごめんなさい。雨宿り……して…」
 わかばは消え入りそうな小さな声で言う。人見知りの激しいわかばは初対面のマジョミカに緊張していた。しかし、マジョミカの少し上を飛んでいた妖精を見て、思わず叫んでしまう。
「キキ!こんなとこにいたんだぁ!」