おジャ魔女わかば
第8話「少女キキと黒猫わかば」
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「それじゃ、マジョミカ行ってくるね」
 わかばは黒猫のキキを抱きかかえ、傘をさして雨の中に出て行く。
「お土産忘れるなよ」
 玄関で送り出すマジョミカの言葉に苦笑いしながら、歩道に出たわかばはキキに尋ねる。
「でも、キキの情報って凄いね。学校の下のコンビニに猫を連れて行くとサービスしてくれるなんて、何処で知ったの?」
「さっき、教えてもらったのよ。その店のイケメンのアルバイト店員が物凄く猫好きなの」
 キキは得意げに言う。わかばは感心しつつ尋ねる。
「ふぅ〜ん……ところでさぁ、キキにメル友が居たなんて…ビックリだよ」
「ああ、ネロ君ね」
「ネロ?…って、ルーペンスの絵の前で亡くなった?」
 わかばは教会で少年が犬と倒れる映像を思い出しながら言う。キキは笑いながら訂正する。
「違う違う、昔…オマケシールでそんな名前のキャラが居たんだって。あっ、ちなみにハンドルネームね。つまりペンネームみたいなの」
「ふーん」
 わかばは相槌を打ってキキの話を聞いている。その話によると、二ヶ月くらい前にインターネットの猫好きのサイトで知り合ったみたいで、メールで話してみると相手も虹宮に住んでいるらしく、気が合ってメールのやりとりが始まったそうだ。猫好きという事か、そのネロという人物は猫の事に物凄く詳しかった。
「猫の気持ちを本当に理解している人なのよ」
 キキは嬉しそうに言う。ちなみにキキはハンドルネームを本名と同じくキキと名乗っていた。
「さすが獣医のタマゴさんだね。そして…キキの事も良くわかってくれる人なんだね」
 わかばの言葉にキキは照れてしまう。
「恋人になるなら…そんな人が良いよね」
「何言ってんのよ…わかば。相手は本当は男か女かわからないのに…。それに私は妖精よ。こここ…恋人なんて考えていないわよ、友達になれればって…」
 恋人というフレーズにキキは混乱しながら答える。それにわかばは思わず笑い出してしまう。キキもそんなわかばを見て笑顔になる。

 わかばとキキが目的のコンビニに到着した頃、雨は小降りで止みかけていた。わかばがガラス張りの店内を伺ってみると、レジには若い女性が入っている。店内に他に人は居ない。
「キキ、イケメンさん、いないや。残念」
「わかば、神社の方から店の裏に回ってみて…」
 キキは辺りを見渡しながら慎重に言う。わかばは首を傾げながらも、コンビニを通り過ぎて道を曲り、神社の数段しか無い石段を登って境内に入る。
「ここって…化け猫がいるって…噂の」
 わかばは境内に上がった所で思い出したように言う。
「そうよ。人間の間でも噂になっているのね」
「うん…学校でみんな言ってるよ」
 わかばは青い顔をしてブルッと震えつつ言う。キキは意外そうに尋ねる。
「未確認生物大好きなわかばがそんなんでいいの?」
「だって、怖いのは嫌だよ」
 わかばは涙目で必死に訴える。確かに未確認生物探しが趣味のわかばで、すぐ身近に未確認の生き物がいると言うのに、それが“化け猫”というオバケの類いのような噂にわかばはつい避けてしまっていたのだ。
「見方によっては私もそんなもんじゃないかな」
 キキは冗談っぽくニヤニヤして言う。わかばは泣き出しそうな顔で首を振ってみせる。
「冗談よ冗談」
 キキは済まなさそうに言うが、あながち冗談とも言えない部分にわかばは複雑そうに笑うしかなかった。

 わかばはキキに言われるままに神社の境内の端っこの木陰の方へ向かう。並んで植えられている大きな桜の木の後ろに低いブロック塀があり、その先がコンビ二の裏口になっていた。そこに背が高く青と白の縞々のコンビニの制服を来た青年いた。顔はかなり優しそうで、朝のヒーロー番組で全国の奥様をキャーキャー言わせちゃいそうな感じのイケメンだった。彼がキキが言っていたイケメン店員らしい。
「はい、ご飯だよ」
 イケメン店員はそう言って、コンビニ弁当の中身らしきものをパックにひっくり返して混ぜて山盛りにした物を塀の上に乗せる。そこに薄汚れた白い猫が現れる。白猫はかなり太っていて、ヨタヨタとご飯によって来て食べ始める。むさぼる様にがっつく白猫を嬉しそうに見つめながら、イケメン店員は塀の上に置いてあった携帯電話を手にし、画面を見つめ始める。
「あの人が、キキの言っていたイケメンさんだね」
 木陰からこっそりと見ていたわかばが抱いている黒猫キキに言う。キキの視線の先にはご飯を食べている白猫が居た。
「あれが…化け猫って噂の猫なの?」
 キキは意外そうに漏らすと、わかばはビクッとして怯えだす。
「ちょっと、やめてよ、キキっ」
 しかし、この辺一帯はボスと呼ばれる化け猫のおかげで他の猫は寄り付かないという情報だ。だからここにいる猫はその化け猫である可能性が高いのだ。
「ごめんね、わかば。イケメン店員でお得しちゃおうって言うのもあったんだけど…本当の目的は、あの猫が本当に化け猫と呼ばれる能力を持っているかを知る事だったのよ」
 キキは白猫から目を放す事無くわかばに打ち明ける。
「じゃ、送信するよ」
 イケメン店員は誰に言うでも無く、甘い口調でそう言い、携帯のメールを送信していた。
“ピロリロリーン〜♪”
 イケメン店員の動作と同時に着信音が鳴り始める。それはキキの携帯だった。
「えっ!」
 わかばはキキを見つめて驚きの声を出す。そしてイケメン店員がわかばの存在に気が付いてこっちを見つめている。
「あのっ」
 イケメン店員も驚きを隠せ無い感じだが、手は高速で動いている。メールを打っているみたいだ。そしてその直後、もう一度キキの携帯が着信を告げるメロディーを奏でる。イケメン店員は確信した様に近づいてくる。
「わかば、逃げてっ」
 キキはわかばの胸に顔をうずめて、小さく言う。わかばは塀を乗り越えようとしていたイケメン店員に深々と礼をして、境内の方へ走り出す。短い階段を駆け降りて、街の方へ続く坂道を全速力で下っていく。イケメン店員は境内に出てきた所でわかばの後姿を見つめていた。