おジャ魔女わかば
第9話「偽者は誰?!」
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 地球は二酸化炭素の増加という深刻な問題を抱えている。これが増える事で二酸化炭素で覆われた地上が熱を発散する事が出来ない、いわゆる温室効果を引き起こす。これによる気温上昇を肌ではっきりと感じる事ができると…思えるくらいに今年の夏は例年に比べ暑かった。ここ虹宮も例外では無く…。

 道は木々の落とす影による斑なひなたとひかげのコントラストがくっきりと出ている。そんな道の先に木々に包まれた美術館があった。平日だが夏休みとあって、結構、人が出入りしている。そんな美術館から二人組みの少女が出てきた。一人は茶髪の肩ぐらいまであるストレートヘアのテキパキした感じの少女で先導する様に前を歩いている。その後ろをたどたどしく着いて来ているのが深緑色の髪を左右に束ねた、いわゆるツインテールの少女だった。
「かえでちゃん、待ってよぉ〜」
 ツインテールの少女は呼びかける。呼ばれた茶髪の少女“川井かえで”は歩く速度を落とす事無く、また振り返りもせずに言う。
「早くしないと、電車出ちゃうでしょ。わかば急いで!」
「ふぇ〜」
 ツインテールの少女“桂木わかば”は諦め半分に急ぎ足で着いていく。この暑さの中、こんなペースで歩くと汗びっしょりになってしまう。わかばはそれが嫌だったのだ。しかし二人が向かっている私鉄の最寄り駅は約300メートル程先で、わかば達が住んでいる町へ向かう路線は15分間隔でしか電車が発車しない。これに乗り過ごすと15分待つ事になるのだ。それでかえでは急いでいた。
 駅前まで辿り着いた二人は信号に捕まってしまい信号待ちを余儀なくされる。わかばは呟く。
「かえでちゃん、どんな事…書くの?」
「う〜ん、帰ってから考えるけど…わかばは?」
 切り返されたわかばは考えるように首を傾げる。二人は夏休みの美術の宿題“美術鑑賞して、その感想文を書く”の為に最寄の美術館に行って来た帰りだった。
「感想だから、何書いてもOKだよね」
 わかばは苦笑いしながら言うと…。
「美術の宿題なんだから、それらしい事書かないと…きっと成績に響くと思うよ」
「えっ…」
 わかばは言葉を失った。一学期の美術の成績があまり良くなったみたいだ。
「そう言えばさぁ、弥生先生、かなり絵が上手いらしいよ。今度、アドバイス貰いに行く?」
 かえでは思い出したように言う。弥生先生は二人のクラスの担任の女教師だ。わかばはうんうんと頷いて同意する。もう“藁にも”という気分みたいだ。歩行者信号が青に変わり、二人は駅の建物に入って行く。

 改札を抜けた二人はすぐに地下へ続く階段を下りていく。この地下通路で大阪と神戸を結んでいる本線の線路を横切る。そして階段を登りかけた所で“ガタガタ”と轟音が聞こえてくる。
「電車来たよっ」
 かえでがわかばを急かせる。ここで来た電車は二人が乗る電車では無く本線を神戸方面へ向かう普通電車だ。二人が乗るのはここで乗り換える紅葉園線という単線で3つしか駅の無い短い路線だった。基本的に乗り継ぎが考えられているので、本線に電車が来ると言う事は紅葉園線には電車が既に来ていて待っている状態で、この乗り換えのお客を乗せたらすぐに出ると言う事になる。
 階段の上のホームは人で溢れかえっている。乗り換え先の電車へ向かう流れと、駅出口に向かう流れが出来ている。出口に向かう流れはわかば達の方へ流れてくるので、二人はその流れに逆らって、直に発車してしまう電車へと急ぐ。わかばはかえでとはぐれない様に一生懸命ついていくのだが…そんなわかばの目に綺麗な長い黒髪が映る。少し前を歩いている本線側の電車から乗り換えてきたと思われる同い年くらいの少女だった。

 何とか三両編成の一両目に乗れたわかばとかえではホッと息をつく。二人が降りる終点の紅葉園駅は一両目が出口に一番近いから。車内の冷房の風に涼んでいたわかばは、さっきの長い黒髪の少女が車両の一番端の席に座っている事に気がついた。さっきは後姿だったが、今度は正面から表情を伺う事ができた。この猛暑が嘘のような涼しい顔をしているのが印象的だった。そしてその芸術品の様な完成度の高い佇まいについつい見惚れてしまっていた。
「わかば…知り合い?」
 かえでは不思議そうに尋ねる。
「ううん、綺麗な人だなぁ…って」
「わかばって、ああいう子が好みなの?」
「えっ、そ、そういうんじゃ」
 変な想像をしたのかわかばは焦ってしどろもどろになる。そんなわかばにかえでは笑いを堪えている。

 電車は終点の紅葉園に到着する。改札を抜けた所のバス停であの黒髪の少女が雑誌を片手にキョロキョロしている。
「わかば、声かけてみたら」
 かえではわかばに言ってみる。
「ええっ」
 内気で人見知りの激しいわかばは戸惑ってしまう。気になるのは確かだが、声をかける勇気は無かった。そんなわかばの性格の知り尽くしているかえでだったので、何も言わず、わかばの手を引っ張ってあの少女の所へ向かった。
「何を探してるんですか?」
 かえではそう声をかけて、彼女が見ていた雑誌を覗き込む。そのページでは色とりどりのケーキが紹介されていた。その隅っこに地図が記載されていて、そこへ向かおうとしているんだと言う事がわかる。黒髪の少女は小さく「いえ、結構です」と口にするが、かえではすぐにそれがどの店であるか理解して言う。
「あっ、ケーキのトマガリさんですね。そこを真っ直ぐ行った所に銀行があるの、その隣ですよ」
「ありがとう」
 黒髪の少女はそう言って、かえでに頭を下げて、かえでが示した方向へ歩き出した。わかばはかえでの後ろで何も言えずにじっとしていた。
「……余計なお世話だったのかもね」
 黒髪の少女の後ろ姿を見つめながらかえでは呟く。その少女のまさに完璧な雰囲気にわかばはますます何か惹かれるものを感じていた。