おジャ魔女わかば
第13話「開かない扉」
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 残暑と言うには、まだまだ暑すぎる日差しの下、山間を走る高速道路を赤いワゴンタイプの軽自動車が北東へと向かっていた。その車の前後にはわかばマークが誇らしげに貼られている。残り数日となった夏休み、桂木わかばは幼馴染の羽田勇太の家族と一緒に彼の田舎に遊びに行く所だった。

「その偉いお侍さんは鬼を森の奥に追い詰めて首をズバッと切り落とすの。でも、死んだ鬼の怨念が切り落とされた首に宿って…隙をついてお侍さんを噛殺してしまうの。さらにそれだけじゃ飽き足らず、森に入る人間を次々と噛殺したり、角で突き殺したり…前よりも酷い状況になってしまってね、ついに森を封印してしまう事になったのよ。これが今から行くおばあちゃんちの地域に伝わる鬼の首伝説なのよ〜」
 助手席に座っている幼な妻という感じの女性が思いっきり物語口調で、後部座席の二人、わかばと勇太に聞かせている。彼女は勇太の母親・優子だった。
「あまり、森の奥へ入っては駄目っていう戒めなんでしょ」
 運転席の青年が言う。桂木葉輔、高校3年生。わかばの兄だった。先月、運転免許を取得したばかりの初心者ドライバー。でも、ペーパードライバーの優子よりはマシと、今回ハンドルを握っているのだった。車がトンネルに入る。トンネル内のオレンジの照明に照らされながら、優子は不気味に呟く。
「でも、今でも出るらしいわよ…鬼の首」
「き…聞こえないもんっ、何もっ」
 後ろの席でわかばは両耳を押さえて聞こえないフリをしてしまう。それほど怖いのだった。隣で勇太が心配している。
「わ、わかばちゃん…大丈夫だよ…きっとぉ」
 でも、勇太のイマイチな言葉ではわかばを落ち着かせる事は出来なかった。わかばは気を紛らわす為に、何か別の事を考える事にした。

***

 昨日。
「二泊三日ぁ?」
 魔女ガエルのマジョミカが大声で言う。ここは虹宮の魔法堂。わかばが3日間、お店を休ませて欲しいと言った時のマジョミカの反応だった。
「うん、勇太のおばあちゃんの家に遊びに行くんだ。実はこれ、幼稚園の頃からの毎年夏の恒例行事なのよ」
 わかばは嬉しそうに言う。
「そこって、緑が多くて良いわよね。山の中に誰も知らない秘湯とかありそうじゃ無いの〜」
 マジョミカの妖精キキが地図を見ながら言う。それにマジョミカも興味深そう地図を覗き込む。
「去年は、私、ゴタゴタしちゃって行けなかったから、今年は絶対行くんだ。じゃ、準備があるから、今日はこれで」
 わかばはそう言って、さっさと帰って行ってしまった。
「おぃっ、わかばっ」
 マジョミカは何か叫んでいたようだが、わかばは気にせず帰ってしまった。

 今朝。
 勇太の家に荷物を持ってやって来たわかばと葉輔は、ここで急遽、勇太の父親の健次郎が急な仕事で行けなくなった事を知る。
「すまない。明後日までに仕上げないといけないデザインがあるんだ」
 デザイン関係の仕事をしている健次郎はそう言って、葉輔に頭を下げた。
「えっ、俺?」
 葉輔は自分を指差して驚いている。
「ペーパーの優子より、よっぽど良いからね」
 健次郎がそう言って、葉輔が勇太の家の車を運転して行く事に決まった。
 わかばが虹宮に引越してきたのは3歳くらいの時だった。ご近所付き合いで、同じ年の子供を持つ勇太の母優子とわかばの母若菜は、気があって親友と呼べるくらいにまで仲良くなった。そして家族ぐるみの付き合いをするようになり、毎年、勇太の父親の実家にも遊びに行くようになった。しかし、わかばの父親である貴之はこの付き合いには参加していない。そして去年は、わかばの両親の離婚やわかばの登校拒否等で行けなかったのである。
「おばあちゃんに謝らないとね」
 車に乗り込んだわかばは勇太に言う。勇太は微笑んで言う。
「気にしてないって」
「それじゃ、おばさん…行きますよ」
 葉輔はそう言ってエンジンをかける。
「せっかくの楽しい遠出なんだから、おばさんは止めてね、二人とも優子さんって呼んでよ」
 優子は笑顔でわかばと葉輔にこう言う。戸惑う二人。
「何言ってんだか」
 勇太は呆れていた。

***

 わかば達を乗せた車は高速道路を降りて、細い山道に入って行く。ここから山を二つ越えた所が目的地だった。道はクネクネと曲がっていて、車はよく揺れる。そんな車内で勇太は一人、何か考え事をするみたいに難しい顔をしていた。わかばが話しかけるとちゃんと受け答えしてくれるのだが、すぐに黙り込んでしまう。わかばは不思議そうに首を傾げていたが、あまり追求しないでいた。
 一つ目の山を越え、開けた温泉街を通り抜け、再び周囲が寂しくなってきた辺りで車が止まってしまう。
「あれぇ…どうしたんだろう」
 葉輔は車の前方のエンジン部分を調べている。
「葉輔君、わかる?」
 優子は不安そう。葉輔は整備マニュアルを取り出してあっちこっち調べてみる。30分くらいが経過して、優子は勇太に言う。
「あまり遅くなるとおばあちゃん心配するといけないから、二人はバスで先に行ってる?」
 ここからおばあちゃんの家はバスで30分くらいだった。バス停も10分くらい歩いた場所にある。これなら、わかばと勇太の二人でも大丈夫だと思ったのだろう。
「わかばちゃん、どうする?」
 勇太はわかばに確認する。
「うん、行こっか」
 わかばはそう言って、自分の荷物を持って歩き出す。勇太もそれに続く。

「優子さん、工具ってあります?」
 エンジンを見ていた葉輔が尋ねる。
「トランクにあると思うわ」
 優子に言われて葉輔は車の後ろに回る。
「でも、さっきの鬼のお話、すごく芝居っぽかったですけど…練習したんですか?」
 葉輔は苦笑いしながら言い、トランクを開けて中を見る。そして絶句する。
「…もしかして、これの伏線だったとか」
 葉輔の視線はトランクの奥に押し込まれた紙袋に釘付けだった。その袋から赤い物がはみ出して見える。
「あら、見つかっちゃった〜。結構、手が込んでるでしょ」
 優子は嬉しそうにそれを取り出して葉輔に見せた。それは赤い全身タイツに虎縞のパンツ、そしてツノが付いたアフロカツラだった。葉輔の反応がイマイチだったので、優子は寂しそうに言う。
「あれ、葉輔君はギリギリ世代だと思ったんだけど〜」
 どうやら、何か昔のテレビ番組の話をしているみたいだった。葉輔は苦笑いするしか無かった。