おジャ魔女わかば
第15話「夏の終わり」
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 まだまだ暑い。照付ける太陽はまさに真夏のそれだ。9月に入ってもそれは変わらない。でも子供達にとって、夏休みが終わるという事は夏の終わりと同義だった。緩みきった生活習慣で再び毎日学校へ通うのは辛いものがある。中には学校が大好きで嬉しいという子も居るだろうが…。この物語の主人公、桂木わかばは圧倒的に前者だった。わかばのお決まりの髪型であるツインテールがその日はイビツな形をしている事がそれを証明しているかのようだった。恐らく今朝、寝坊してしまい、ゆっくり髪を結っている時間が無かったのだろう。
「ふぇ〜」
 学校からの帰り道の下り坂。わかばは気の無い声を出す。2学期の初日だったこの日は眠たい始業式と大量の宿題の回収、そして教室の掃除でお昼前には下校となっていた。長い夏休み明けなので、わかばにとって、これはこれで結構ハードスケジュールだった。わかばの隣を歩いている親友の川井かえではわかばの髪型を気にしながら言う。
「こっち短いわよ…私、シンメトリーじゃ無いと少し気持ち悪い人なのよね」
 かえでの意地悪っぽい口調にわかばは苦笑いして尋ねる。
「しんめとり?……って、どんな鳥?」
「左右対称の事よ」
 言われてわかばは自分の左右のツインテールを手にしてみる。左の方が長い。
「はははは…それで、今日は真っ直ぐ歩けないのか…」
「えっ…マジっ」
 わかばの呟きにかえでは驚いて聞き返してしまう。わかばは徐に右側の髪を引っ張ってみる。

■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

“グィグィ…”
「これで良しと」
 右側のテールを引っ張った分、左側が縮んで、両方のテールが同じ長さになる。
「ちょっと、今、何したのよっ」
 かえではわかばの頭をマジマジと凝視して言う。わかばはニッコリ微笑んで応える。かえではそれに苦笑いして、これ以上追及しない事にした。そして話題を変える。
「ねぇ、美術館行った帰りに出会った黒髪の子…憶えてる?」
「えっ…あずさちゃん?」
 かえでがいきなりあずさの話をしだしたのでわかばは驚いて言う。それにかえでも驚いてしまう。
「って、わかば、彼女の名前なんで知ってんの?」
「えっ…何でと言われても」
 わかばは困ってしまう。魔女界で会ったとは言えないからだ。かえでは先日、父に連れられてあずさの店に行っていて、あずさの事を多少なりと知る事が出来たので、それをわかばに教えてあげようと思っていたのだ。わかばがあずさと初めて会った時に興味を持っている感じだったのを覚えていたからだ。
「もう、友達だったのね」
 かえでは少しがっかりして言う。わかばは寂しそうに首をふる。
「ううん、あずさちゃん、友達にはなってくれないんだ」
 そんなわかばの表情を見詰めてかえでは言う。
「そんなに…あの子と」
「うん」
 切実そうなわかばにかえでは考える様な素振りを見せて…。
「あの子は気難しそうだからね……大変よ」
「うん…でも」
 普段は消極的なわかばが積極的に友達になろうとしてしているあずさに対して、かえでは少し嫉妬を感じるが、それがわかばにとって、きっと良い事だと思ったから…。
「…今からなら、間に合うかも。ごめん、わかば、私…行く所出来たから、ここで」
 坂道を下りきった分かれ道でかえではそう言って駅の方へ走っていく。わかばは不思議そうにそれを見送る。が…しかし。
「ん〜〜、何だか気になるなぁ」
 かえでが突然、あずさの話をしだした事が引っかかっていたわかばは、かえでの行き先が気になりだして抑えられなくなる。わかばは側の児童公園に駆け込んでトイレの小さな建物の裏に入り、ポケットから魔女見習いタップを取り出す。軽快なメロディと共に緑色の魔女見習い服に身を包んだわかばはクルールポロンを手に魔法を奏でる。
「ポリーナポロン プロピルピピーレン テントウムシになれぇ〜」
“ポンッ”
 魔法でわかばの体が煙に包まれて、わかばの姿は小さくなる。そして丸っこい虫の姿になる。その体を見渡すわかば。黒い体に赤い星が背中についている。トイレの鏡でそれを確認したわかばは残念そうに言う。
『あれ、七つ星じゃ無いや…なんて言ってる場合じゃ無いや。行くよっ』
 と言って、わかばは背中の羽を広げ、それを羽ばたかせる。“ブゥーン”という高周波の羽音を立ててテントウムシのわかばは飛び立つ。小さな体で木々を抜けるとそこは紅葉園の駅前。切符売り場にかえでの姿があった。わかばはかえでのカバンの中に飛び込んだ。
『かえでちゃん…電車に乗って…どこ行くんだろう?……って、うわっ』
 カバンの内面に貼り付いたわかばは急に振り落とされて、奥の金属製の可愛らしい筆箱に頭をぶつけて軽く気を失う。かえでは改札を抜けて止まっていた電車に駆け込み乗車したのだった。

***

 佐橋亮介がゲッソリした顔で職員室から出てくる。職員室外の廊下では羽田勇太が待ちくたびれていた。
「勇太、悪いっ。お待たせ。弥生先生もあんなに説教しなくても良いのにな」
「自業自得さ」
 愚痴る亮介に勇太は冷たく言う。亮介は夏休みの宿題が全部出来なかったので、職員室に呼び出されて説教されていたのだった。しかしそれは…。
「先生、泣きそうな顔すんだぜ…あれは反則だよな」
 怒られたと言うより、泣かれたみたいだった。それで、明日までに残り全部してくると約束させられたみたいだった。
「それじゃ…アレ、どうするの?…無理?」
 勇太は心配そうに問いかける。亮介は力強く頷いて言う。
「アレとコレは別問題だ」
「何の相談かなぁ〜」
 そこに5年生の龍見ゆうまが現れる。勇太と亮介は、ギクリと大げさに驚いてしまう。
「えっと…そのぉ」
 勇太が言い難そうにしていると亮介はキッパリと言う。
「先輩には関係無いっス」
「関係無いかどうかは、聞いてから判断したいけどな」
 ゆうまはニコリと笑って言う。
「いくぞ、勇太」
 と言って、亮介は勇太を引っ張って帰っていく。ゆうまは面白そうにそれに付いて行く。
「もう〜どっか行って下さいよ」
 亮介はしつこいゆうまにお願いする様に言う。ゆうまはニコニコしているだけで、聞いてはくれない。