おジャ魔女わかば
第17話「つくし、たくましく」
1/5
 辛いほどに暑かった夏もやっと通り過ぎようとしていて、最期の悪あがきのような暑さも、日毎に和らいできたころだった。  大阪の東の方、一見して昔ながらの町並みの中に世界に誇れる最先端技術を持った町工場が多く存在する。そんな街の東の端の住宅街の片隅に小さなリサイクルショップが去年オープンした。店の名前は“MAHO堂”。機械の修理も請け負っており、修理に出した機械が、まるで魔法をかけた様に調子が良くなると評判だった。店は不思議な佇まいの優しそうな女性オーナーが1人で接客と修理の全てをこなしていたが、今年に入って、元気な女の子が手伝いを始めていた。

「つくし、おはよう。徹夜したのかい」
 魔女ガエルが2階からペタペタと降りてきて、機械の部品が山積みにされた作業台にずっとかじりついている蒼い髪の少女に声をかけた。
「マジョフォロン、おはよう。マジョトロンさん凄いねん。ちゃんとうちの期待どおりの物、作ってくれたで」
 少女は嬉々として話す。徹夜明けか少しテンションは高めだった。魔女ガエルはこの店のオーナー、発明家魔女マジョフォロンという。そしてこの蒼い髪の少女がマジョフォロンを魔女と見破り、弟子となった魔女見習い蒼井つくしだった。その日は土曜日で学校は休みだった。それでつくしは昨晩からこのデジタルビデオカメラのような物を作っていたのだ。
「これから、行くのかい」
「うん、これも出来たしな。ちょっと行ってくるわ」
 つくしはそう言いながらカメラを鞄に突っ込んで店を出た。マジョフォロンは出て行くつくしを不安そうな表情で見つめ、思い出したように呟く。
「そういえば、あの街には…たしかミカがいたような…」

***

 つくしは電車を乗り継いで、目的地、隣の県の虹宮という街に到着した。
「6年ぶりに帰ってきたで」
 つくしは3歳の時の記憶を必死にたどったが、今居る駅はつくしの記憶の物と全く違っていた。記憶の中の駅は1階建てだったが、つくしが実際に立っている駅は高架の上にあり、建物の3階部分になる。そこはホームに降りただけで虹宮の街を見渡せる。ここから見える駅周辺は整備され、とても綺麗で冷たい印象のする街が広がっていた。こちらも記憶と一致しない。ただ、情報として多少知っていたので、こんな物かとつくしは納得し、改札を抜ける。
「なつかしい故郷に来たはずやのに、全然知らへん街に来たみたいやな」
 自嘲気味に笑って、つくしは駅前のバス停からバスに乗った。虹宮市内を回る西回りのバスだった。駅前の賑やかな場所を抜け、少し北上し、さっきつくしが乗ってきた電車とは別の私鉄の高架を越えた所に大きな公園がある。その虹山公園前というバス停でつくしはバスを降りる。
「この辺は変わってないみたいやな」
 公園の方の緑を見つめ、つくしは呟いた。公園にすごく惹かれるものがあったが、つくしの足は逆方向へ動き出す。まずは第一の目的を果たす為に。私鉄の線路の高架下の商店を眺めつつ西へ歩くつくし。そこには記憶にあるお店、そして記憶に無い新しいお店など半々という所だった。しばらく行くと虹宮を南北に走る道路と交差する。その道路は交通量が多く、車がしっきり無しに行き交っている。斜線は上下合わせて2車線しか無く、当然渋滞する。つくしはその道路に沿って南へ歩き出す。
「ここ…4車線になるんや」
 つくしの目に飛び込んできたのは、道路の車線を広げる為の工事が進行中である様子だった。道路脇の家や店に立ち退いてもらっているみたいだった。立ち退きが完了して更地になった土地に金網で囲いが出来ている。その中にはガードレール等の資材が運び込まれていた。そんな更地になったスペースの一画の前で立ち止まったつくしは、その土地を見つめる。
「6年間、このままなんかな?」
 つくしは道路の北の方を見つめて言う。大きな家が今では道路に出っ張った感じで建っているのがここからでも見える。そのだけ頑固に立ち退きを拒否しているのか、何か問題があるのか、その為に道路の拡大工事が頓挫しているだろう事がつくしにもわかった。
「さ・て・と」
 空元気を出して呟いたつくしは鞄からあのカメラを取り出した。レンズカバーを外し、電源を入れる。カメラの内部のメカが音を立てて起動する。つくしはゆっくりカメラの液晶パネルを展開させるが…液晶に映し出されている物がつくしの目に入る前に目を瞑ってしまう。瞼の端っこから涙が染み出してくる。つくしは液晶パネルをたたんでカメラの電源を切り鞄に終い込んで走り出す。来た道を戻って、つくしは虹山公園に駆け込んだ。荒い息で公園のベンチに座り公園の中を見渡して呟く。
「やっぱ…ここは変わってへんわ」
 その懐かしい緑多き自然がつくしの心を癒してくれる気がした。つくしはボンヤリと公園で遊んでいる子供たちを眺めていた。日差しが気持ち良く、徹夜明けのつくしは現実を忘れうたた寝してしまう。

***

 うたた寝中のつくしの夢の中では、先日、見学した4級魔女見習い試験の様子が再現されていた。緑色と黄緑色の魔女見習い二人と例のウサギとカメとのレースだった。ちなみにつくしは5級試験で飛び級になったので、この試験を受けてはいない。
「あの子、確か、桂木わかばって言ってなぁ」
 夢の中のつくしは先頭集団に離され一人ビリを走る緑の魔女見習い、桂木わかばを見つめて言う。レース前のアナウンスで彼女の名前を紹介していたのを覚えていたのだ。一見、妖精ネネの暴走により派手なレースを展開する黄緑の魔女見習い名古屋さくらと対照的に地味に走っているわかばだったが、何故かつくしは彼女に惹かれる物を感じていた。そして…。
「あの緑色、合格しよったわ。ハラハラさせよって…」
 つくしは呟いた。レースが終わってみると、わかばはギリギリでウサギとカメに勝利し、合格をもぎ取っていた。そんなわかばの一見危うい勝利、でも決して諦めない心がもたらす勝利に、心動かされる気がしていた。
「機会があったら、話してみたいわぁ…」

“キュィィィィ!”
“ガンッ…ガキンッ”
 耳障りな金属の激突音につくしの気持ち良かった眠りは妨げられた。つくしがムッとして目を開くと、公園の中央のすり鉢状のオブジェで高機能ベーゴマこと、逆転スピナーの勝負が始まったみたいだった。
「ああ…逆スピか…。ここでも人気みたいやなぁ」
 つくしは遠目に年下の子供達の戦いを見つめながら呟いた。