おジャ魔女わかば
第18話「みるとにおまかせっ」
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 絵の具を無作為に混ぜていくと、混ざり合った色は黒に近くなり、ゴチャゴチャした感じになるが、その日の魔女界の雨空はそんな感じだった。そんな空をガラス越しに見つめる少女がいた。
 喫茶店の窓際の席に座っている緑色の魔女見習い服を着た少女だ。彼女の前には、既に湯気の消えてしまっている紅茶が置かれている。そしてお向かいにはレモンの入った紅茶を口にする白い魔女見習い服の少女が座っていた。
 ほとんど客の居ない店内。ウエイトレスの魔女が空になったカップに何度目かのおかわりの紅茶を注ぐ。二人はかなり長い時間、ここでこうしているみたいだった。つまりは雨宿りだった。最初はいろいろ会話を交わしていたが、いつの間にか、ぼんやりと雨に潤う外の景色を見つめるようになっていた。
「早く…雨やまないかな」
 緑の方、ツインテールの髪型がトレードマークの桂木わかばはそう呟いて冷め切ったカップを手にする。
「傘さして箒で空を飛ぶのはちょっと…ねぇ」
 白い方、魔女界のアイドルとして活躍している如月みるとは苦笑いしながら言う。それは傘をさして自転車に乗るより危険だ。
「まぁ…私は、こうやってここで偶然わかばちゃんと会えて、いろいろお話出来たから良かったんだけどね〜」
 みるとはニコニコしながら言う。それにわかばは慌てて答える。
「それは、わかばも同じだよっ」

***

 黒々とした雲の隙間から光が差し込んで来る。それはまるで天に続く光の坂道の様。そんな風景に見惚れながら、みるとは立ち上がって言う。
「行くよ!わかばちゃん」
「えっ、どこへ?」
 驚いているわかばに構わずみるとは動き出す。二人は会計を済ませて足早に店を出た。
“ビチャビチャ”
 ぬかるんだ地面、所々に広がっている水溜り。そんな物を気にとめる事無くみるとはわかばをつれて走っていく。雨で気温が一気に下がったのか、外はひんやりしていた。でもホコリとか空気中の汚れが洗い流された感じの澄み切った風が心地良かった。不意に立ち止まったみるとは空を指差して告げる。
「虹っ」
 みるとの指差す先には大きな虹がアーチを描いていた。それはくっきりと7色が見えるくらい鮮やかだった。
「綺麗」
 わかばは感嘆の声をもらした。
「虹を見て、心動かされない人はいないと思うの…虹は私のライバル」
 みるとは突然、ポツリと呟く。わかばは首を傾げる。
「私は魔女界のトップスターを目指して魔女見習いをしている。それって虹のように…ううん、虹を超える事だと思うんだ。そして…わかばちゃんはそれを応援してくれている…って事で良いんだよね」
 みるとはわかばに確認するように言う。またしてもわかばは慌てて答える。
「うん、もちろんだよ」
 それ以外の答えは無いのだが…。みるとは嬉しそうにニコリと微笑んで尋ねる。
「私もわかばちゃんを応援したいんだよ。わかばちゃん…魔女見習いになって…やりたい事があったんだよね」
 それは今日、お茶しながら多少聞いた話だった。みるとはそれをわかばの口からもう一度、言ってもらおうとしているみたいだった。
「うん…キュキュに会いたいって事と、あずさちゃんと友達になりたいって事」
 わかばは自信なさげに答える。それはどちらも未だあまり進展していない事だからだ。
「キュキュっていう妖精さんとあずさちゃんっていう黒い魔女見習いを探せば良いわけね。みるとにおまかせ♪」
「おまかせって…えっえええ〜」
 言うなり、みるとはわかばの手を引っ張って走り出した。

***

 魔女界のどこかの広大な草原。その真ん中に魔女見習いが二人。
「う〜ん。こんなに魔女界中を探してるのに見つからないなんて…」
 みるとは大声で叫ぶ。わかばとみるとはあずさとキュキュを思いつく限りいろんな場所で探してきたところだった。魔女界での活動範囲はアイドルでいろんな所へ行っているみるとの方が圧倒的に広く。この前、わかばは一人で魔女界を探検して迷子になった所だったが、今回はみるとが一緒なので、その心配は無かった。
“ざわざわざわ…”
 草原を風が駆け抜け、草が擦れる音とツンと鼻をつく匂いが二人を包む。みるとは魔法携帯電話ピロリンコールでメールを打っていた。
「えっとね…キュキュは、人間界にいる可能性が高いって、キュキュの妹のキキが言ってた…」
 わかばは思い出して申し訳なそうに言う。みるとは即座に振り返り言う。
「なんですとぉ〜!……そういう事は早く言おうよ、わかばちゃん」
「ごめんなさ〜い」
 わかばはみるとの勢いにそれを思い出している暇が無かったのだが、この場合、謝るしか無かった。みるとはメールを送信し終えて、携帯を“パチッ”と閉じてわかばに告げる。
「仕方ないや、今回はあずさちゃんだけでも…」
「どうするの?」
 わかばはつい尋ねてしまう。
「みるとにおまかせ♪」
 みるとはポーズをつけて芝居っぽく言う。

■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

***

 人間界は夜の10時前というところ。ビルの灯りの間を縫うように通っている高速道路は事故で渋滞が発生していて車のテールランプが長い列になっていた。そんな列の中、後部座席にブロンドの髪のフランス人形の様に美しい少女を乗せた黒い高級車があった。
「これは…参りましたね」
 20代の美形の男性運転手は動かない前方車両を見つめて呟く。
「事故ですから、仕方ありませんわ」
 後ろから可愛らしいが、すごく落ち着いた声が帰って来る。彼女は名古屋さくら。名古屋財閥の社長令嬢で今日は父の会社のパーティに出席してきた帰りだった。さくらはピンク色の携帯電話の画面を見つめ何か考え事をしていた。画面のバックライトが幼さの残る彼女の顔を闇に浮かび上がらせている。数分前にみるとからメールを着信していた。さくらは如月みるとの親友の魔女見習いだった。
「桐谷さん、ちょっとお願いがありますの」
 顔を上げたさくらは控えめに運転手に言う。彼は桐谷恭一(きりたにきょういち)と言い、さくらの父の会社の社員で、自分でボランティア団体を設立してしまうさくらの身の回りの世話と警護をしている万能秘書だった。
「はい、何なりと」
 桐谷は当然の様に返した。