おジャ魔女わかば
第20話「遥か遠い願い」
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 その街は白を基調とし、漆黒の空の下で淡く輝いているように見えた。街の中央には大きな塔の様なお城がそびえ立っている。マクロな視点から見ると、広大な荒野に大きなクレータがあり、その中が街になっていた。そして城の最上階から発せられたバリアの様な物がクレータとその周辺を覆っているように見える。
 そんな不思議なお城の一室に少女が駆け込んでくる。
“バン”
 力いっぱいドアを乱暴に閉め、室内のフカフカのベットに突っ伏してすすり泣き始める。青い髪を後ろに二つ大きなオレンジ色の髪留めで束ねた尻尾みたいな髪は泣き声に合わせ小刻みに揺れている。
「……どうして目覚めてくれないの…私の力っ」
 擦れた泣き声で呟く。当然、答えは帰ってくる筈も無く、暗い部屋の中に言葉は消えてく。
“ガチャ”
 丁寧に扉が開いて、白い髪と服の少年が頭を下げた後に部屋に入ってくる。
「姫、また何か言われたのですか?…例え何を言われようと、現在、女王に一番近いのは第一候補のあなたなのです。ですから、この程度の事で涙を見せてはいけません」
 白い少年は泣いている少女に言い聞かせる様に話しかける。少女は言われて、顔を上げて、ごしごしと両手で涙を拭いて赤い目で振り返る。そしてまだ涙声で不安そうに口にする。
「でも…力も無い、落ちこぼれの私が第一候補だなんて…」
「姫の力は必ず目覚めます…それが必要な時に。だから何も負い目を感じる事など無いのです」
 白い少年は当然のように言うが、少女の不安はそんな事では拭えない。
「でも、他のみんなは認めてくれないわ…こんな私じゃ。本当は私、女王の座を巡ってみんなと争いたく無い…もし、私の存在が争いの原因になるのなら…」
「例え姫がいなくなっても争いは続きます。それより、姫が天下をとり、争いを無くせば良いではありませんか…私は姫の天下を信じ、姫に仕えております」
「私にそんな事。…自分に何ができて、どうしたら良いのかわからないんだよ。…私はただ、あの場所に…」
 少女はテーブルに置いてあった本を開いて見始める。
「姫…それは」
「…私のたからもの」
 それは緑の多い景色の写っているハードカバーの写真集だった。
「それは…。いつの間に、そのような物を…今の姫にそんな事、許されないのですよ…だいたい…」
 少年はクドクドと説教モードに入って行く。少女はそれを拒絶する。
「シロ…お説教はもう良いよ。出て行ってよ!」
「しかし、姫っ」
 食い下がるに少年に少女は感情的に叫ぶ。
「出て行ってぇ」
 それに仕方なさそうに少年は渋々部屋を出て行く。

“パラパラ…”
 一人になった部屋で、少女は本のページを何気なく捲る。同じテーブルにこの本が入る大きさの封筒と領収書が置かれていた。領収書には音符の形をした文字で魔女問屋と書かれている。どうやら魔女界の魔女問屋から取り寄せた本みたいだ。それも届いたばかり。
「…白くて冷たいこの月の世界。そして緑で暖かい地球…人間界。私の憧れの場所」
 少女は本の中の風景に思いを馳せて呟く。ページを捲っていくとチラシが挟んであるページが出てきた。それを手にする。
「ん…何だろう。魔法堂電話占い?」
 少女が手にしたチラシ、それはその名の通り、占い専門の魔女が電話越しに相手の運勢を占ってくれるというサービスだった。水晶玉に手をかざす魔女のCGイラストと電話番号が大きく描かれている。少女はそれで問題が解決するとは思っていなかったが、何かに突き動かされるように自分の魔法携帯電話を取り出して、ダイヤルキーを押し始めていた。
“ピロッピロッピロッ……”
 独特のダイヤル音が部屋に響いていた。

***

 関西の中規模な都市に相当する虹宮市。その山手、兜山と言う山の麓の貯水池の側に佇むクラシックな占の館。その名を魔法堂。今日は日曜日、そしてお昼前だと言うに店内には暇そうにしている見習いの占い師しかいなかった。
「暇だなぁ〜。今日もお客、一人も来ないね〜」
 彼女は桂木わかば。この店のオーナー魔女のマジョミカの弟子で、この時間は一人で店番をしていた。人見知りの激しいわかばは客が来ない方が気楽で良かったが、それではマジョミカに何を言われるかわからない。そう考えると気が重かった。
“ジリリリリリリン”
 突然、電話の音が鳴り響く。わかばは店の奥の方へ向かって言う。
「マジョミカぁ〜、電話だよ〜」
“ジリリリリリリン”
 返事は無く、急かす様に電話のベルは鳴り続ける。
「マジョミカ、居ないの?……私が出ないといけないのか…」
 人見知りのわかばにとって電話は苦手な物ベスト3に入る。できればマジョミカに出て欲しかったのだが、仕方ないので渋々受話器を取ってみる。繋がった回線にわかばはおどおどした口調で話し始める。
「…もしもし、えっと…占いの館、虹宮魔法堂です」
『あの…電話占いのチラシを見たんですが…』
 受話器からは、同い年くらいの少女の声が帰ってきた。
「えっ、あ、はい。電話占いご希望のお客様ですね。うわ〜初めての電話占いだよ〜」
 わかばはつい嬉しくて言ってしまう。電話占いは先週、魔女見習い仲間の蒼井つくしが魔法堂改造計画として発案した物だったが、この一週間、イタ電は数え切れないくらいかかってきたが、肝心な相談の電話は一度も無かったのだ。
『え?』
 わかばの反応に受話器の向こうの少女は驚いた声を出していた。それに気付いたわかばは慌てて弁解する様に言う。
「いえ、何でもありません。えっと、お客様のお名前と生年月日と血液型をお教え頂けますか」
 わかばは相手の情報尋ねる。占う為の情報を補う為だった。只でさえ電話越しなので音声だけで情報が足りないからだ。占い専門の魔女なら、それでも占えてしまうのだろうが、何分、見習いで未熟なわかばはそうはいかないのだ。
『誕生日は9月15日で血液型はO型…すいません、事情があって名前は言えないんです、ダメですか』
「いえ、構いませんよ。少し占いの精度が落ちますけど…それで、何を占いましょう?」
 少女は言い難そうにしている。わかばは明るく応対している。相手が同年代で、しかも話し易そうな印象だったのが、わかばの気持ちを楽にしてくれたみたいだった。
『少し、長い話ですが、良いですか』
「はい。どうぞ」