おジャ魔女わかば
第21話「迷い猫」
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「人生、一寸先は闇ヨ」
「知らんわ」
「転ばぬ先の杖ネ」
「要らんわ」
「これさえあれば、怪我も肩こりも腰痛も怖くないネ」
「帰れっ!」
 次から次へと放たれる売り文句に、それをバッサリと切る断り文句。それは今、虹宮の魔法堂で繰り広げられていた。桜色の魔女見習い服に身を包んだ中華少女・李蘇雲、彼女は自分の師匠が営む漢方薬の魔法堂の商品持って押し売りに来たみたいだった。そしてここ虹宮魔法堂のオーナーで魔女ガエルのマジョミカはそれを全て拒否していた。蘇雲もムキになって、何が何でも売ろうと必死だ。マジョミカも買ったら負けと意地を張る。そんな二人の激しく火花散る戦いを、マジョミカのパートナー妖精キキと弟子の緑色の魔女見習い桂木わかば、そして問屋魔女のデラは呆れてみていた。
「二人とも退く事を知らないのね」
「でも、マジョミカと互角にやりあうなんて、蘇雲ちゃんすごい」
 次第にわかばは感心してしまう。隣でデラは悟りきった様に言う。
「力技だけじゃ、売れないわ…もっと狡猾に相手を追い詰めて、買うしかない状態を作り出さないと」
「それって…酷くない?」
 サラッとデラの口から出た言葉にキキは苦笑いを浮かべながら言う。日曜の昼下がりの気だるい時間帯。中国に住んでる蘇雲がここにいるのは、昼間でも魔法堂間を移動できるデラにくっついてやって来たからだった。
「私、次の魔法堂に行かなくっちゃ」
 デラは思い出したようにそう言うと、水晶玉のついたステッキを振ろうとする。慌ててキキが呼び止める。
「ちょっと、あの子はどうするのよ」
 あの子、蘇雲の事である。デラと別れては自力では自分の魔法堂へ帰れない。
「月が出れば、魔女界に行けるじゃない。それまで待てば良いでしょ〜」
 高い声でハーモニーを重ねながらデラはテーブルに置いてあった花瓶の中に吸い込まれるように消えて行った。
「夜まで、あの戦いを続けろって事なの?」
 キキが呆れて呟く。
「仕方ない、実演販売に切り替えるネ」
 一歩も引き下がらないマジョミカに痺れを切らした蘇雲はこう言って何処からとも無くヌンチャクを取り出して、巧みに振りましてポーズを決める。
「何じゃっ!」
 マジョミカは警戒して言う。蘇雲は怪しい笑みを浮かべながらマジョミカに近づいてくる。
「ちょっと痛いけど、これ、実演。この薬ですぐに痛くなくなるから大丈夫ネ」
 蘇雲は自分が今、宣伝している薬を“バン”とテーブルに叩きつけて言う。マジョミカは逃げる様にピョンと乗っていたテーブルから飛び降りて、そのテーブルの下から何やら取り出す。そしてそれを“トン”とテーブルに置いてやる。
「そっ、それは…どうしてそれガっ」
 蘇雲は驚きを隠せないくらいに動揺して言う。マジョミカは全てを見透かした目で笑って…。
「だから要らんと言ったぁ!」
 そう、マジョミカが出したのは蘇雲だ押し売ろうとしていた薬と全く同じ容器に入った同じ薬だった。わかばが二人の間に入ってきて言う。
「これ、先週、あずさちゃんが持ってきてくれた万能塗薬。これってそぉちゃんのお店の商品だったんだ。マジョミカの腰痛も、キキの肩こりも、わかばも虫歯もこれで治ったんだよ。ありがとう」
 蘇雲はわかばの言葉を唖然として聞いていた。マジョミカは得意そうに言う。
「おぬし…前にマジョリーフにこの薬を大量に売りつけたんだろう。奴はそれが使い切れないと、半分近く、わしの所へ持ってきた訳じゃ。じゃから、うちは間に合っておるっ!」
 マジョミカのトドメの言葉に蘇雲は戦意を喪失して立ち尽くす。売ろうとしていた蘇雲の店オリジナルで超おすすめの万能塗薬をマジョミカは大量に所持していたのだ。売れるはずが無い。しかも万能と名乗るだけあって、これがあっては、他の薬は売れないのだ。マジョミカはニッと笑い、さらに追い討ちをかけようとする。
「この薬の事でちょっと言いたい事がたくさんあるんじゃがっ」
 切り返して文句を言い始めたマジョミカに蘇雲はキッパリと言う。
「その万能薬については一切、ノークレームだネ。パッケージに書いてあるヨ。使用者はそれを承諾した事になるネ!」
 言われて、マジョミカは万能薬の容器に貼ってあるラベルに目をやるが、そこには読めない漢字が羅列されていた。達筆に崩した行書体のような中国語みたいだった。
「読めんわ」
 マジョミカは吐き捨てるように言う。

***

 開店休業状態の虹宮の魔法堂。蘇雲はその店内の隅っこに勝手に自分のスペースを作り、持ってきた薬品を並べて売り場を拵えて、客の入りを待ち構えていた。店の中央のメインの占いスペースにいるマジョミカは忌々しそうに蘇雲を見つめて文句をもらす。
「あいつ、誰の許可を得て、あんな所で商売をっ」
「良いじゃないの、空いてるんだし。それに月が出るまで自分の店に帰れないんだからさ」
 キキはマジョミカに告げる。説得する気は無いみたいだった。蘇雲はここに来てから客をまだ一人も見ていない事を思い出して呟く。
「この店は本当に営業しているのカ」
 その言葉にマジョミカは真っ赤になって蘇雲に飛び掛ろうとするが、キキがそれを必死に押さえ込んだ。
「猫?」
 突拍子も無く、わかばの呟きが店内に響く。誰も客もいないし、静かなものだったので、わかばの小さな声も良く響く。
「わかば、どうしたネ」
 暇そうな蘇雲がわかばの占いスペースに寄ってきて尋ねる。わかばは自分の占い用の水晶玉を興味深そうに覗き込んでいた。どうやら、その中に猫の姿が見えるみたいだ。わかばは蘇雲が近付いて来たのに気がついて答える。
「自分を占ってみたんだ…」
 そのわかばの言葉を聞いたマジョミカはスコップに乗って叫び声と共に飛び出してくる。
「なんじゃと、そんな金にならん事をしおって〜」
「きゃーっ」
 マジョミカの乗ったスコップがわかばの顔目掛けて飛んできたので、わかばは悲鳴を上げて頭を抱え上半身を伏せる。