おジャ魔女わかば
第22話「真実の扉」
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“ドキドキって気持ちはどこから来るんだろう?”
 桂木わかばはそんな事を考えながら、朝の学校の廊下を自分の教室へ向かって歩いていた。
「わかばちゃん、おはよう」
 不意に優しく声をかけられた。振り返るとそこには藤崎先輩が立っていた。もう児童会会長を引退し、わかばの家の隣に住んでいる二つ年上の小橋まなみこと“まな姉”とは学校公認のカップルとして有名である。
「お、おはようございます」
 以前は赤くなるだけで、憧れの先輩に対して一言も喋れなかったわかばも今は、ぎこちないが、ちゃんと会話できるようになっていた。そして以前のドキドキは消えかかるほど小さくなっていた。
「昨日のUFO特番さぁ、嘘っぽいと思わない?」
 藤崎はわかばが話しやすいように、わかばの好きな分野で会話してくれた。
“失恋したあとで、仲がよくなれるなんて複雑だなぁ”
 わかばはしみじみと思ったが、今の先輩との関係も悪くないと思っていた。藤崎に対し、自分のUFOに対する想いを語った後、わかばは藤崎と別れる。その直後、もう1人、知り合いの先輩の男の子に声をかけられた。
「エメラちゃ〜ん」
“ドキッドキ!”
 その声、その言葉にわかばは心臓が飛び出るくらいにドキドキしてしまう。
「学校でその呼び名はやめて下さい」
 声をかけてきたのは龍見ゆうまだった。藤崎と違い、わかばは彼には遠慮なく物が言える気がした。しかし、彼と話すとき、ドキドキが止まらない。このドキドキが正体をばらさせる事に対する恐怖か、全く別の感情なのか、まだわかばには理解できずにいた。とりあえず、今まで藤崎に抱いていたドキドキとは何処か違う物だとわかばは思う事にしていた。
「相談があるんだ、今日、家に来ない…いや、来て欲しい。いいね」
 ゆうまの言いたい事がわかるわかばは無言で頷いた。

***

 虹宮の南の方、港付近は酒造りが盛んだった。そんな工場が立ち並ぶ地域の近くに住宅街があり、ゆうまはそこに住んでいた。
「今日は両親留守だから、遠慮することないよ」
 ゆうまはわかばを家に入れ、2階の自分の部屋に通した。ゆうまの部屋は殺風景で物もほとんど無かった。
「あのぉ、相談って…」
 わかばは恐る恐る尋ねる。この状況から、ゆうまがわかばを利用して何かをしようとしている事がわかばにもわかっていたからだ。
「今晩、3級の魔女見習い試験があるだろ、俺を魔女界に連れて行って欲しいんだ。そうだな…、小動物に変身させて、君の見習服の帽子の中に入れて…っていうのはどうかな?」
 ゆうまはわかばを気遣ってか陽気を装って明るく説明する。わかばはゆうまの目を見つめ…。
「条件があります」
「なんだい?」
「魔女界で絶対に魔女という言葉を口にしない事」
「それは、基本だよ」
 商談は成立したようだった。

 その頃、この家の玄関では、ゆうまの妹の龍見ゆうきが帰宅した所だった。
「今日は母さんいないし、私が料理当番かぁ〜、めんどくさいな〜」
 両親が仕事で留守にしがちで、そんな日は兄妹が交代で夕食を作る事になっていた。ゆうきは玄関で見慣れない靴が脱いであるのに気付いた。
「誰のだろ、お兄ちゃん帰ってるみたいだけど…」
 不思議そうに言い、ゆうきはなるべく音を立てない様に2階の自分の部屋に向かった。
「キキ、誰か来てるの?」
 部屋の中でゆうきは小さく尋ねる。誰も居ない室内と思われたが赤い小さな光が飛んできて不機嫌そうに答えた。彼女が妖精のキキというらしい。
「お前の兄が誰か連れて来たようだ」
「やっぱり、わかばだ、あの子、とうとう家にまで侵入してきたのね」
 ゆうきは怒りに任せて見習いタップを叩いた。タップから見習服と音楽が飛び出す。
「何をする気?」
 キキは見習服を着たゆうきに尋ねる。
「思い知らせてやるのよ、あの子にぃ!」
 ドアが開く音がして、隣の部屋からわかばは出てきた。ちょうど帰る所のようだ。ゆうきは自分の部屋の扉を少し開いて、小声で呪文を唱えた。
「プレーパステル クレパスピービット わかばが階段から落ちろ!」
 魔法の粒子がわかばの足元へ飛んでいく。わかばの履いている白い靴下と床の摩擦が魔法によって無くなる。直後、わかばはその場…階段の最上段で足を滑らせた。わかばは一瞬だったがスロー再生のような世界を味わい、“落ちる”と直感したと同時に息苦しくなる。しかし“落ちる”事は無かった。次の瞬間、目の前にゆうまの顔があった。それは安心に変わる。ゆうまは咄嗟にわかばの手を掴んで軽々と自分に引き寄せたのだ。そのまま抱かかえられる格好となったわかばは顔を赤くしていた。ドキドキが加速して止められなかった。それをゆうまに知られてしまうと思うと、さらにドキドキは加速する。微笑むゆうまの前髪は、その時、微かに揺れていた。
「…わかばなのか」
 ゆうきの部屋の僅かに開いた扉の隙間から覗いていた赤いキキが小さく呟いた。その背後でゆうきは悔しそうに地団駄を踏んでいた。

***

 その晩、わかばの家の裏にゆうまが来ていた。そこで緑色の魔女見習い服を着込んだわかばが魔法を使う。
「ポリーナポロン プロピルピピーレン ゆうまさんが小型のサンショウウオになれ!」
『なんで、サンショウウオやねん!もっとマシなものはないんか!ハムスターとか…!ちょっと待てぇ、声が出てないのでは…』
「うん、リアルなサンショウウオ目指したから。ちなみに私には心に声が届くように魔法をかけてみたんだけど…」
『わかばっち、結構複雑な魔法使うのね。それに口封じね、信用してないと』
「ちがうよ、安全策だよ」

■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

 わかばはぬべぬべしたサンショウウオを頭に乗せ、帽子をかぶった。その後、わかばは魔法堂へ行き、師匠のマジョミカらと魔女界の試験会場へ向かった。

***

 いつもの試験会場では、わかば達が到着した時、同じ魔女見習いの日浦あずさと蒼井つくしが口論をしていた。
「あんたは、人の親切が理解できへんのかっ!」
「あなたのそれは、オセッカイだわ」
 二人の一触即発な雰囲気にわかばが割って入ってきた。
「ど…どうしたの」