おジャ魔女わかば
第24話「三角錐の頂点」
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 虹宮の山手にある虹宮北小学校。秋に入り、だんだん日が沈むのも早くなってきて、その白い校舎は夕日に赤く染められていた。虹宮の街のパノラマを一望できるまさに特等席と言えるのが、この学校の屋上だった。今、そこに5人の児童がいたが、誰もその絶景に気をとられる事なく、何かある種の緊張感につつまれていた。その中心と言える緑色のツインテールの少女、桂木わかばは俯いたまま何も言えなくなっていた。わかばを取り囲む3人の少年。優しく余裕のある笑みでわかばを見つめる龍見ゆうま。ゆうまとは対称的にゆうまに激しい敵対意識を持って睨みつけている佐橋亮介。そして運命の瞬間を待っている様な深刻な表情の羽田勇太。そして勇太の側に、わかばの親友、川井かえでが状況を見守っている。さらに屋上の隅に設置されている貯水タンクの上には崩れた抹茶ゼリーの様な生物、即ち魔女ガエルの姿をした少女がわかばを忌々しそうに見つめていた。彼女はゆうまの妹の龍見ゆうきだった。
■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

 わかばは内気で人見知りが激しい。人を好きなっても、その想いをずっと胸に秘めて表に出す事無く熟成しちゃう様な性格だった。そんなだから、誰かを好きになると言う気持ちにも自信を持てずにいた。まして告白なんて…わかばにとっては至難の業なのかもしれない。しかし、ここ数日、ゆうまに対して、今の気持ちを打ち明けなくてはと思いつつもそれができずヤキモキしていたところ、突然、カウンターの様にゆうまに告白された。ある意味、わかばにとって願ったりという展開だったが、あまりにも突然すぎて、上手く対応できずにいた。そこに幼馴染で、男女の友情で結ばれていると思っていた少年二人にも告白される。勇太と亮介はわかばにとって一番近い男子だった。何をするのもたいてい一緒で、趣味も合う。しかし、龍見ゆうまの出現は勇太と亮介に今までのわかばとの位置関係が崩れるという危機感を与えた。それを壊したくないという思いは恋心となり、次第に押さえられなくなっていくのだが、ゆうまの告白で一気に表面化した事になる。こうして、わかばに対して想いを告げた3人はわかばの返事を待っているのだった。これがわかばの今、置かれている状況だった。

「ごめんなさい…私…どう、答えたら良いか…わからないよぉ。3人とも大事な人だから…」
 俯いたまま、わかばは搾り出すような声で言う。
「……3人とも大事か。優しいね。わかばっちは」
 ゆうまは何か考えるように呟く。
「わかばちゃん」
「桂木っ」
 勇太と亮介はわかばの名を呟き、彼女を見つめる。ゆうまはこれ以上、わかばを困らせたくなかったので、ある提案をする。
「…かぐや姫は、現れた5人の求婚者にそれぞれ無理難題な贈り物を要求し、その心を試したという。それにちなんで、一番わかばっちを喜ばす贈り物をした者がわかばっちと付き合える…っていうのはどうかな」
 ゆうまは勇太と亮介を見つめて、答えを待っている。かえでは俯いているわかばの肩を抱いて、安心させてから、わかばに囁く。
「判断期間と材料としては適切だと思うわ。わかば、あなたはゆっくりと考えて答えを出せば良いのよ」
 わかばはゆっくりと頷いた。
「決まりかな。それじゃ、期限は…」
「一週間だ」
 期限は亮介が勝手に決めてしまった。ゆうまとしては3日以内にしたかったのだが…。それ以降はゆうきの魔女ガエルのペナルティが解けてしまい、どんな妨害が入るかわからないからだ。しかしここは年上の余裕を見せる。
「まぁ、いいだろう。では、一週間後に」
 とは言うものの、ゆうまはちょっと顔を引きつらせながら去っていった。
「桂木、待っててくれっ」
「楽しみにしててね」
 亮介と勇太はそれぞれそう言って帰っていった。

 かえではゆっくりとわかばを連れて、いったん教室に戻ってきた。わかばの荷物を取りに来たのと、わかばを落ち着かせる為だった。日が暮れてすっかり辺りは暗くなっていた。かえでは教室の電気をつける。わかばは自分の席に座って、俯いたままだった。教壇に立つかえでは、そこからわかばを見下ろして…。
“バンッ!”
 いきなり黒板を叩いた。わかばは“ビクッ”と顔を上げる。かえでは白のチョークを手にして、黒板に線を引いていく。かえでの引いた3本の線はそれぞれ他の2本と交わって、三角形が描き出される。そしてその上に点を一つ付けた。
「見て、この点が、わかば。そして三角形のそれぞれの角が、あの3人」
 言いながらかえでは三角形の3つの角と点を直線で結んでいく。すると4つの全ての面が三角形で形成される三角錐と呼ばれる図形が完成する。わかばの点はその頂点にある。
「今の状況…わかったでしょ。優柔不断な態度をとってたら、絶対、誰かを傷つけるわよ。3人とも大事な人なんでしょ」
 と、かえではキツめにわかばに告げる。わかばは無言で頷く。するとかえでは今度は優しい顔をして言う。
「あの二人をけしかけたのは…私。ごめんなさい。二人とも、ウジウジやってたからね。でも、二人のわかばを想う気持ちを無駄にして欲しくはなかったから…。それに、例え、誰を選んだとしても、わかばは悪くないわ。ふられるほうも気持ち良くふられたいと思うのよ」
「ううん…これで良かったんだよ。それに、一つはっきりとわかったんだ」
 わかばは小さく呟き始めた。
「わかった事?」
 かえでは尋ねる。
「勇太と佐橋に告白されて、真っ先に…今の友達関係を崩したくないって思った。今の関係が、私、好きみたいだから…。そう思ったら、ゆうまさんに対する私も気持ちも、今の関係を維持するだけの言い訳なのかもしれないって思った。……私、自分の事しか考えてなかったんだよ。自分が好きな世界に、みんなを合わせたいだけ……こんな私は、恋をする資格なんて無いんだよ」
 わかばは自己嫌悪から泣いていた。