おジャ魔女わかば
第26話「絆を…」
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 京都のとある賑わっている商店街、その端っこに和菓子屋・魔法堂があった。店は今日も行列が出来るほど繁盛していた。店内では黒髪の少女が一人で切り盛りしていて、途切れる事の無い接客に休む間も無いくらい大忙しの様子。店の奥の厨房では、カエルの様な生物がせっせと数種類の和菓子を同時進行で作っている。それでも店頭に並べるなり飛ぶように売れてしまい、在庫にはならないという。このカエルがこの店のオーナーパテェシエの山本葉子ことマジョリーフという魔女だった。彼女の周りを桃色の衣装の着せ替え人形サイズの小人が飛び回って雑用をこなしている。彼女はマジョリーフのパートナーの妖精モモだった。お喋り好きの彼女も喋ってる暇も無いくらいに忙しいのだ。
「わらび餅の在庫、無くなりました」
 店の方から接客している少女、日浦あずさの声が飛んでくる。マジョリーフはきなこのタッパーを開けながら答える。
「すぐに用意する」
“ガチャ”
 そこに裏口の扉が開いて、厨房に少女が入ってきた。緑色の魔女見習い服を着たツインテールの髪型の少女だ。
「こんにちわ」
 桂木わかばは魔女見習い服を解除して挨拶する。薄緑のパーカーに青いロングスカートという普段着のわかばは手を洗って、店のエプロンを身に着ける。
「毎日すまないね」
 マジョリーフが申し訳なさそうに言う。
「ううん、好きでやってるんだから…これ、持ってくの」
 そう言って、わかばはマジョリーフの手元きなこを塗したわらび餅の入った容器を手にする。慣れたもので、テキパキと店の方へ向かうわかば。でも、途中で躓いて…。
「ああっ」
 わかばが持っていた容器が宙を舞う。躓いて膝をついてしまったわかばはオロオロ焦りながら容器を探す。しかし容器は落ちる事無く、宙を浮いている。緑色の小さな妖精シシが容器を下から支えるようにキャッチしていた。
「ありがとぉ…シシ」
「シシっ」
 わかばは安心にホッとして礼を言う。シシは何でも無いように容器をわかばに渡す。そんな様子を見ていたマジョリーフとモモは…。
「…ああいうの、どこかで見たような」
「そうよね」
 何か引っかかるように呟く。わかばは既に仕事に慣れるくらいここに入り浸っているみたいだが、時々、こうやってドジを踏んでしまうみたいだった。わかばのパートナー妖精であるシシはそれを上手くフォローしていた。店内に入ってきたわかばは、あずさに言われて商品の包装を手伝う。和菓子を箱に詰めて、綺麗な紙で包んで、袋に入れて、あずさに渡して、次の和菓子を箱に…それの繰り返しだった。
 わかばとあずさは魔女を目指して修行している魔女見習い。あずさはこの店のマジョリーフの弟子だが、わかばはここから電車で西へ一時間弱の虹宮という街に住んでいて、その街に占い屋の店を構えているマジョミカという魔女の弟子だった。先日、あずさと心を通い合わせて、やっと友達になれてから、あずさの事をいろいろ知る事が出来た。それで、あずさの手伝っているお店がすごく繁盛していて猫の手を借りたいくらいに忙しい事を知り、微力ながら手伝いに来ているのだった。わかばとしてもあずさと一緒に居られるので満足だった。と言う訳で、平日は学校が終わると、魔法の箒に跨って一路京都を目指す。そしてお店の閉店後は魔女界の扉で魔女界を経由して虹宮の魔法堂に帰るという生活をしていた。

 午後八時、あずさは店のシャッターを下ろした。閉店の時間なのだ。
「ふぅ〜、今日も良く働いたよ〜」
 わかばはくたびれた感じに言う。
「お疲れ様」
 あずさは軽く労いの言葉をかける。厨房からは肩を叩きながらマジョリーフが出てくる。
「本当に助かっているのよ、わかばが来てくれるようになって」
「先月末にチョロっとテレビに取材されてから凄いよね。もうしばらくしたら落ち着くと思うんだけど」
 モモが苦笑いしながら言う。夕方のニュース番組のお天気コーナー内でやっている街角情報で紹介されたらしい。
「ル〜ル〜」
 そこにあずさのパートナー妖精のルルが人数分のお茶を入れたお盆を持ってやってきた。
「ルルちゃん、気がきく〜」
 わかばは嬉しそうに言う。その直後、ルルはバランスを崩してしまう。お盆の上で6つの湯のみがガチャガチャとぶつかり合う。みんな、この後“ガチャン”と落としてしまう事を想像してしまうのだが…その音は聞こえてこない。
「ルル、気をつけてね」
 あずさがいつの間にかルルの側にいて、お盆を支えていた。その姿にモモが指差して言う。
「あっ、そうだ、そっくりなのよ」
「そうね」
 それにマジョリーフも納得する。わかばとあずさは何の事かと揃って首を傾げていた。
 
***

 翌日は土曜日で学校は休日とあって、わかばは朝の開店前に京都の魔法堂へやってきた。
「おはよーございます」
 いつもの様に裏口から入ってきたわかばは厨房の様子がおかしい事に気付く。あずさもマジョリーフも困っているみたいだ。
「わかば、おばよう」
 あずさはわかばへの挨拶もそこそこに、マジョリーフに提案する。
「今日は常温保管の効く商品だけにして、店を開けましょう」
「それしかないねぇ」
 マジョリーフは渋々、その提案を受け入れていた。わかばはモモに尋ねる。
「どうしたの?」
「店内の低温ショーケースが故障したのよ。おかげで要冷蔵の商品を扱えなくなったの」
 モモは店の方を指差して答えてくれた。ここの和菓子の中にはなま物も多いので、鮮度を保つ為に例え秋冬となり涼しくなってきても温度管理は必要だった。この状況で品数を半分近く失ってしまう事にマジョリーフは納得できないでいた。わかばもそれは困ったという感じに考え込んでしまう。そして尋ねる。
「魔法で直りませんか、ショーケース」
 わかばの言葉の後、一瞬、沈黙が流れる。その雰囲気はわかばをドキッと刺してくる。マジョリーフはわかばの目を見つめ、優しい口調で答える。
「確かに魔法で何の問題も無く解決できる。至極簡単にね。表向きは解決しても、楽をしたという気持ちは私達の心の中に残るわ。それは負の形で確実に何処かに現れてくると思うの。例えば、お菓子の完成度だったり味だったり、接客だったりとね」
 軽く魔法を否定したマジョリーフ。その和菓子への商売への彼女なりの拘りをわかばは垣間見た気がして、すぐに感化されてしまう。そして他の解決方法を探す。考えるわかばの脳内ではあのお馴染みの木魚の音が響いているのだが、わかばはいたって真剣だ。
“チーン”
 やはりわかばの脳内でその音が響いた。名案が浮かんだ印だ。