おジャ魔女わかば
第27話「散る楓」
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 魔女の世界…魔女界の空は、いつもは水彩の抽象画の様な色鮮やかな空だが、その日は曇り空で、まるでグレースケールに変換した様にどんより重たい感じを醸し出していた。そんな空を黒い魔女見習い服の少女が箒に横座りスタイルで飛んで行く。長く美しい黒髪は風に弄ばれバサバサと靡いているが一向に気にする様子も無くクールに地平線の先を見るような瞳のこの少女、日浦あずさと言って、京都で和菓子屋を営んでいるマジョリーフというパテェシエ魔女の弟子の魔女見習いだった。あずさは魔女図書館で魔女界のお菓子の研究をしてきた帰りだった。そこでいろんな興味深いレシピに目を通してきたあずさは、一刻も早く店に戻って、試してみたいと思っていた。そんな気持ちは胸に隠しこんで、クールに表情を変える事無く、箒に気持ちを込め、飛行速度をアップさせる。その矢先。
「あれは…」
 それはまさに正円と呼ぶに相応しい完璧な円形をした湖だった。人間界ではありえないような物が何気無しにあるのだから、やはり魔女界は不思議だ。その湖畔に魔女見習いが一人立っていた。見習い服のカラーは赤みを帯びた黄色、黄色と茶色の色鉛筆の間にある黄土色の様な感じだった。あずさはその少女が気になり、さっきまでの気持ちは何処へやら、箒を彼女の居る湖畔へ降下させた。
“カンッ、カラン!”
 金属の様な固い音が響く。黄土色の魔女見習い服の少女が手にしていたステッキ状のポロンを地面に叩き付けたのだ。ポロンは転がり、着地したあずさの足元までやってくる。あずさはしゃがんでそれを拾い上げ、少女を見つめて呟く。
「……あなた」
「何ですのっ…私を笑いに来ましたの?…それとも同情?」
 少女は上品なウェーブがかった赤毛のセミロングの髪を震わせて、あずさに向って言う。あずさは思わず俯いて答える。
「わからないわ…でも」
 あずさはゆっくりと少女に近づいて、拾ったポロンを差し出し、真剣な面持ちで告げる。
「…諦めないで」
「あなた…ずいぶんとお節介になったものですわね」
 少女は目一杯、嫌味っぽく言い、ポロンを受け取る。
「…そうね」
 あずさは少女の言葉を認めるように小さく呟く。少女は受け取ったポロンを胸の魔女見習いタップに収納した後、思いっきりタップを叩く。この解除コードを認識した魔女見習いタップに黄土色の魔女見習い服が吸い込まれていく。ブランド物っぽい子供にはあまり似つかわしくない普段の服装に戻った少女はタップをあずさに手渡した。
「これ、処分しておいていただけます?…お節介さん」
「ちょっ」
 背中を見せて帰ろうとする少女にあずさは呼び止めるように声をかける。少女は振り返る事無く湖畔を歩きながら言う。
「大丈夫よ、この先に私の居る街に繋がる扉があるから」
「そうじゃ無くて、あなたが魔女ガエルにした師匠はどうするの」
 あずさは何とかこの少女を引き止めようと追いかけながら声をかけ続ける。
「私に愛想をつかしてとっくに消えましたわ」
「そ…そんな」
 あずさは何と言って良いかわからなくなる。
「あなたに何があったか知りませんが…これ以上、私に構わないでくださいませんことっ。私…これ以上の屈辱には耐えられませんのっ」
 少女の圧倒的な拒絶と傷ついたプライドから来る悲痛な叫びに、あずさの足は止まってしまう。少女はあずさを気に留める事無く、湖の側にあった人間界に繋がる扉に消えて行った。

***

 虹宮の魔法堂。そこは見るからに怪しい占い屋さんを営んでいた。開店時間も閉店時間もはっきりしない店で、日長来るか来ないかのお客を待ちながらまったりとした時を過ごしているのは魔女のマジョミカ。元々、セッカチな性質なので、すぐにこの生活に耐え切れなくなり爆発する。その爆発の矛先はもっぱら弟子に向けられるのが最近の定番らしい。マジョミカの弟子、即ち、マジョミカを魔女と見破り呪いを発動させ、マジョミカを魔女ガエルの姿にしてしまった少女。緑のツインテールの髪型が特徴の桂木わかばは今日も修行と言う名のマジョミカのシゴキを受けていた。
「まったくっ、こんな単純な魔法も使えんのかっ」
「マジョミカの教え方が悪いんだよ〜」
 でも、すでに半年以上付き合っている師弟とあって、慣れというものだろうか…多少内気な性格のわかばも容赦なく口答えするようになっていた。そんな口論が繰り広げられる2階の会議室の様子を1階の店舗スペースから伺っているのは、本来のマジョミカの姿に変化したマジョミカのパートナー妖精のキキだった。黒に渋い金の装飾の入った占い装束に身を包み、水晶玉の乗ったテーブルを前にし座り、所謂店番をしていたのだが…。
「もう、お店閉めようか」
 と呟いて立ち上がる。緑の小さな妖精…わかばのパートナーのシシとひんやりした感覚を纏った可愛らしい幽霊のお琴の二人が出てきて、閉店準備を手伝い始める。もう時間は午後10時になろうとしていた。
「今日も、誰も来なかったね。それより、わかば帰らなくて良いのかしら」
 不意にわかばが心配になり、キキはスタスタと2階へ上がって行く。

「わかば、家の人が心配するわよ」
 会議室の扉の所からキキが声をかける。わかばとマジョミカはお互いの口の端を掴んで引っ張り合っていた。わかばはマジョミカの手を振り解き、キキの方へ向き直って言う。
「お兄ちゃんに連絡したから、大丈夫だよ。今夜は泊まっても良いって」
「あら、そうだったの」
 キキは安心した様に閉店準備の残る一階へ降りて行った。わかばの家は事情で兄と二人暮らし同然だった。その兄は魔法堂の事を信用してくれていた。マジョミカはニヤリと笑って言う。
「今夜は徹夜で魔法の特訓じゃっ!」
「ええっ、明日、学校なんだよっ」
 わかばは泣きそうな声で反論した。そこに…。
“ガチャ”
 会議室の外の通路奥に設置されている魔女界へ繋がる扉が開く音がした。誰がやって来たのだろうとマジョミカとわかばはお互いを押し退けるように部屋から通路に顔を出す。
「あずさちゃん」
 わかばは思わず言ってしまう。扉からは何か困った表情のあずさが出てきていた。

 虹宮の魔法堂1階の店舗スペースの奥にあるキッチン。コンロにヤカンがかけられていて、中の水が今にも沸騰しそうな感じだった。
「あずさちゃんどうしたんだろう」
 ここで紅茶をいれる準備をしていたわかばは何気なく天井を見上げて呟く。突然やって来たあずさの様子が気になっているのだ。