おジャ魔女わかば
第28話「時間と空間の狭間で」
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 昼休み。給食に続いてやってくるそれは、授業の合間の休み時間の中では最長で、それを活かしたいろいろな遊びが出来る、まさに学校生活における楽しい時間帯の一つだった。11月に入り、次第に肌寒く冬の到来を感じさせてくれるこの季節。休み時間を教室で過ごす子供が増えてきた。それでも男子の中には、寒い時こそ外で遊ぶ事が勲章と思ってか、外へ元気に飛び出していく子もいた。もちろん女子にも元気な子はいるが…。この物語の主人公、桂木わかばは前者で教室で友人達とお喋りに夢中だった。いつもはあまり熱心に話す方では無いわかばだが、今日は何か違って一生懸命にある事をアピールしていた。
「体長は60センチから2メートル、棒状で帯の様なヒレを持っていて、空中を肉眼では見えない速さで飛行する生物が六甲山にいるんだって、だったら行くしか無いでしょ!」
「スカイフィッシュの事だね」
 友人の大人しそうな男の子、羽田勇太はお見通しという感じに言った。逆に活発そうな男の子、佐橋亮介は呆れてわかばに告げる。
「桂木、昨日の晩やってた未確認生物特番、見たんだろ」
「うん、ビデオに録って3回見返したよ」
 わかばは自信たっぷりに言う。わかばは未確認生物に目が無く、いつか必ず未確認生物に出会いたいという夢を持っていた。実は今年の春にわかばは魔女というある意味未確認生物に出会ってしまい、そのまま魔女修行を始めるという体験をし、現在の続行中の魔女っ子なのである。その為、しばらく未確認生物に対する夢は表には出ていない感じだったが、昨晩のテレビ番組の影響で再び火が付いたみたいだった。
「で、それだけの為に、今日、放課後に六甲山に登ろうって言う気?」
 わかばの親友の女の子、川井かえではそう言って呆れている。わかばは切なそうにかえでを見つめて言う。
「ダメかな?」
「大体、肉眼じゃ早すぎて捕らえられないんでしょ。行っても無駄じゃ無いの」
 現実的な物の見方をするかえではわかばを諦めさせる為に最もな事を言う。
「大丈夫、ビデオカメラ持って行くから。これに映してコマ送りすれば見えるんだって」
「あ…そぅ」
 用意周到そうなわかばに、早くもかえではこれ以上、何を言っても無駄と思って諦めてしまった。勇太と亮介はどのルートから六甲山へ行くか話し始めた。その最中で、わかばは思い出したように慌てて席を立つ。
「私、日直だったっ。黒板消さないとっ」
 と言って、わかばは教室の前面についている大きな黒板に向った。黒板には給食前の国語の板書が所狭しと書かれていて消すのに一苦労だった。わかばが黒板消しを手に右往左往していると、男子が二人やってきて、声をかける。
「桂木、手伝うぜ」
 と言って、その男子は余っていた黒板消しを手に黒板を消し始めた。但しかなり雑だった。3人になったので、すぐに黒板は綺麗になった。と言ってもわかばがやった場所はキチンと黒くなっていて、男子がやった部分は少し白い粉が残る感じだった。わかばとしては、そっちも消し直したい気持ちだったが、せっかく手伝ってくれた男子が気分を悪くするといけないので、照れながら礼を伝えた。
「ありがとう」
「いいのいいの、それ貸して」
 男子は急かすようにわかばが手にしていたチョークの粉でちょっと黄色っぽい白に染まってしまった黒板消しを持って教室の入り口の方へ行く。そこには他に数人の男子が集まっていて、何やら楽しそうにしている。わかばは何だろうと首を傾げながら、自分の席に戻って行った。
「男子って…いつまでもガキなのよね。怒られるわよ」
 入り口でゴソゴソやっている男子達の行動を見て、かえでは呆れて言う。勇太と亮介は苦笑いするしかなく、亮介がこう反論するのが精一杯だった。
「男はいつまでも純粋なんだよ」

「ヒヨコ先生が来たぞっ」
 男子の一人がそう言って、みんなバタバタと自分の席へ戻っていく。ヒヨコ先生とは、わかばのクラス担任で、教師一年目の弥生ひなた先生のあだ名だった。

 ひなたは出席簿と算数のテキストを胸に抱いて自分が受け持っている4年2組の教室の前まで来ていた。
「…また、古風な事を」
 少しだけ開いた教室の戸。上を見てみると、引き戸に黒板消しが挟んである。しかもご丁寧に三段重ねで…。戸を開くと頭に黒板消しがヒットすると言う寸法だ。大昔からの伝統的な悪戯で、ひなたはつい微笑んでしまう。
「私にその手は通じないから」
 ひなたは躊躇する事無く戸を開いた。出席簿を頭の上に翳して、次々落ちてくる黒板消しをガードし教室に勢い良く入って行った。しかし…。
「えっ」
 思いがけない展開にひなたは声を出してしまう。何故か体が宙を舞っているのだ。
“ガッ…ドシッ……バシャー”
 物凄く大きな音が教室の前の方で響いた。ひなたは何が起こったかわからず、全身びしょ濡れで呆然としていた。辺りにはロープとバケツが数個転がっていた。
■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]
 黒板消しに気を取られていたひなたは足元に張られたロープに気付かず、それで前のめりに躓いてしまい、その先に置かれた5つのバケツの一つに足を突っ込んでしまい、そのまま転倒、その勢いで蹴り上げてしまったバケツに入っていた水を頭からかぶってしまったのだ。

 びしょ濡れの服で動き難そうに立ち上がったひなたは、自分に何が起こったのかやっと理解した。そしてジワリと涙が出てきた。子供達にそれを気付かれまいと背中を向けるが、涙は止められそうに無く、そのまま走って教室を出て行ってしまった。
“バタン!”
 激しく閉めらた戸の音だけが教室に響いていた。
「先生…泣いてた?」
 わかばはどうしたら良いかわからずオドオドと戸を眺めていた。教室内はザワザワと騒がしくなる。
「ちょっと、男子っ、なにしてんのよ」
 勝気な女の子は悪戯を仕掛けた男子に食って掛かる。一方、学級委員で真面目な女の子は…。
「みんな、自習してっ」
 と言って、みんなを静かにさせようとする。
「大成功っ。俺らのおかげで自習になったぜ」
 主犯の男の子は自慢げに言う。わかばは先生が気になって教室を出ようとするが…。
「桂木さん、手伝って」
 教室の前の方でこぼれた水を雑巾で拭いている女子達がわかばに声をかける。わかばは慌ててそっちへ行き、雑巾で床を拭き始める。一緒に床拭きをしていたかえでが男子に向って怒る。
「あんた達も片付けしなさいよっ!」