おジャ魔女わかば
第29話「ドリルでGO!」
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“ぴとっ”
 頬に小さいそして冷たい何かが当たる感覚。それが蘇雲の意識を現実へと引き戻した。
「…つつつ」
 何故、寝ていたのかもわからないが、取り合えず体を起す。体のあちこちが痛み出す。それに耐えながら頬に手をやると、濡れた感触。
「雨漏りしてるカ?」
 天井を見上げ呟く、すかさず状況を把握するように周囲を伺う。石造りの何も無い狭い部屋だった。あるのは鋼鉄製の扉のみ。その冷たい床に無造作に寝かされていたらしい。段々、直近の記憶が甦り、気を失っていたいた間に起こったであろう事を推測していく。
「…モグラの怪人共にでも拉致されたカ?」
 蘇雲は地面から“ガバーッ!”と土煙を上げて飛び出すモグラの顔をした人間を想像していた。そこに聞きなれない若い男の声が入って来た。
「残念。我々はモグラでは無いのだよ」
 余裕に満ちた透き通る様な声は、蘇雲にさぞかし美形の男性を想像させるが、顔を上げた蘇雲は目に飛び込んできたものに対して思わず言ってしまう。
「人参っ」
 いつの間にか開いていた扉の前には人間サイズの大きな細いニンジンに長い手足が生えたような生き物が、両脇に自分の倍の背丈がある筋肉質で、やはり同じくニンジンのような生き物を従えていた。
「…マンドラゴラなのカ?」
 冷静に蘇雲は質問する。それは大きさと色を除くと、そのまま、蘇雲が畑で育てていた貴重な魔法植物マンドラゴラそのものだった。
「マンドラゴラ…君達は我々の事をそう呼んでいるらしいですね。私は赤魔根族のルジュ。我々はあなたの能力を欲しています」
 細身の生物は自らをルジュと名乗り、蘇雲に同行するように促す。
「…あかまこんぞく?…アタシの能力?」
 蘇雲は疑い深く呟きながら立ち上がり、ルジュの後について歩き始める。隙をついて得意のカンフーでこの場を抜け出そうと考えたが、すぐに両脇を固められた巨兵が厄介で諦めざるをえなかった。
“…チャンスはきっとあるネ”
 蘇雲はそう思い、虎視眈々とルジュの赤い背中を見つめるのだった。

 蘇雲が案内された部屋。そこは豪華な装飾の施された場所だった。そして中央の玉座に座るのは、それに似つかわしく無い小柄な小太りの赤いマンドラゴラだった。王冠とマントを着用し、まるで自分が王か何かである事をアピールしている様だ。
「こちら、わが一族の王。バーミン様でございます」
 ルジュは王の側に立ち、淡々と告げる。
「…ホントに王様だったのカ?」
 あまりにもこれ見よがしな格好だったので、蘇雲は逆に驚いてしまう。
「貴様っ、無礼なっ!」
 バーミンは特徴的な高い声で怒り出してしまうが、蘇雲は逆ギレして食って掛かる。
「あんな乱暴な連行して、どっちが無礼カ!」
「魔女見習いめっ、自分の立場が分かっていないようだなっ」
「ニンジン親父がっ、それはこっちの台詞ネ」
 何処からとも無く怪しげなガスが詰まったスプレーを手にした蘇雲が不適に笑って言う。バーミンの背後に居た二人のマッチョ巨兵が臨戦態勢に入る。しかし…。
「お止めください」
 ルジュがバーミンと蘇雲の間に入って言う。そのルジュの手には蘇雲の持っていたスプレーが握られている。ルジュの無駄の無い動きに蘇雲は大人しくなる。本能的にこいつは厄介だと感じていた。そして渋々という感じに尋ねる。
「アタシの力を借りたいみたいだけど…どういう事カ」
「おおっ、そうなのだ。お前の力を借りたいのだ。我が王国を永遠の物にする為に」
 バーミンは思い出したように、そして嬉しそうに語り出した。
「アタシに何をさせたいカ」
 蘇雲は苛立ちながら問う。でも、バーミンは自分のペースで続ける。
「見たまえ、この世界を瞬く間に制圧した我が巨兵部隊」
 王の後ろのマッチョ巨兵がポーズをとる。
「現在、我が軍にはこの巨兵が12体。これを増強したいのだよ。それには君の力が必要だ」
「アタシが…このマッチョを……えっ、12体?」
 意味が解らないと首をブンブン振っていた蘇雲だが、何かに気が付いて逆上する。
「お前ら…だったのカ!」
 怒りに任せて飛び掛る蘇雲、しかし、パッと手を挙げたルジュの仕草で巨兵が動き出す。
“ガンッ”
 一体の巨兵がバーミンを庇い、その丸太の様な腕で蘇雲の飛び膝蹴りを受け止める。そしてもう一体がその巨大な拳で蘇雲を殴り飛ばす。蘇雲はそのまま壁まで飛ばされ叩き付けられてしまう。
「まったくお行儀の悪い魔女見習いだ」
「人の大事な…商品を……パクっておいて、どっちが」
 ぐったりした状態で蘇雲が忌々しそうに言う。ルジュがそんな蘇雲に淡々と説明を始める。
「我が軍の12体の巨兵達は地上の世界で偶然発見し、保護したものだ。調査した結果、それらがあなたによって生み出された事も知っています。我々は軍の増強の為にあなたの世話している魔根を何度か保護しましたが、最初の12体のような自我を持っておらず、ただ何も出来ない人形のような状態でしか無かったのです。我々は地上で生み出される魔根が自我を持つためには何らかの儀式が必要だと言う結論に至りました」
「やっぱり、そいつらは、前に逃げて、捕獲し損ねたアタシのマンドラゴラ…そして、それから、何度もアタシの畑から、出来の良いのをパクってたのは、お前らなのカっ!」
 蘇雲は立ち上がり怒りを爆発させる。バーミンは平然として言う。
「そうカッカするな。仲間を助ける事がそんなにおかしいか?」
 そう彼らにとっては地上にいる同族の仲間を助けた事になるのだ。蘇雲はそう言われると何も言えなくなる。
「それより、儀式じゃ」
 バーミンは急かすように尋ねる。蘇雲は含み笑いを浮かべ答える。
「儀式と言う程のモノじゃないけど、心当りあるネ」
「では、それを早く」
 バーミンはじれったそうにしている。
「それがタダで手に入るとでも思っているのカ」
という蘇雲とバーミンは睨み合ってしまう。そこにルジュが提案する。
「では、蘇雲殿が我々と契約し、我が軍の一員になるというのはどうでしょう。もちろん幹部待遇です」
「んんん……」
 蘇雲は唸ってしまう。それは幹部になれる事では無く、ルジュの咄嗟の機転に対してだった。
“アタシと敵対せずに同じ方向に進む為の道を示してきたカ”
 蘇雲はルジュを警戒しながら、何処からとも無く電卓を取り出し、数字を入力し二人の魔根に見せた。
「契約金、これくらいは必要ヨ」