おジャ魔女わかば
第34話「悪夢のトゥルビオン」
2/6
「関連したお店なのね。それであの子とも仲良くなれたのか」
 納得したようにかえでは言う。あの子とは京都の魔法堂で弟子をしている日浦あずさの事だ。最近、わかばとあずさが妙に親密になった事にかえでは気付いていた。人一倍人見知りの激しいわかばからすると少し変だと思っていたのだが、この話を聞いて納得できたみたいだ。
「わかったわ。つまり、先生がわかばんちの代わりにそのお店に家庭訪問する。でも占い師にお婆ちゃんは偏屈で何を言い出すかわからないから、変な事を言われないようにしておかないといけない訳ね」
 だいたい理解したかえでがわかばの現状を丁寧に述べてくれる。わかばはその通りですと頷く。
「行きなさい、わかば。弥生先生は私が足止めしておくから」
 かえでは立ち止まり、わかばにそう告げると学校の方へ戻っていく。
「かえでちゃん……ありがとうっ」
 わかばは思いっきり頼りになるかえでに感謝し、思い切って話して良かったと思いながら魔法堂へ駆けていく。かえでは振り返り、わかばの後姿を見つめ小さく呟く。
「わかばを変えたのは…そのお店だったんだ。ちょっとズルいな」
 そのかえでの表情は少し寂しそうだった。

***

 わかばは走っていた。1秒でも早く魔法堂に行き対策を練らねばならなかった。
“キラーーンっ”
 走るわかばの視界の隅で何か光る。それに何とも言えぬ魅力を感じわかばは立ち止まってしまい、その光った物を探した。それは道路脇のゴミ捨て場に無造作に捨てられた不思議な鏡だった。どう不思議かと言うと、鏡面が渦を巻いていた。その為、鏡面には不思議な虚像が映し出されているのだ。
「珍しいなぁ…鑑定団で高値がつくかも」
 しゃがみ込んで鏡を覗き込む。いつの間にかわかばは、この不思議な鏡に魅入っていた。
「この渦巻き吸い込まれそう…って感じがするよ」
 と言いながら、わかばが渦の中心に顔を近づけると…。
「ほぇぇえぇーっ」
 突然、わかばは間抜けな悲鳴を上げる。わかばの体が鏡の中に吸い込まれたのだ。それと入れ違いにわかばが鏡から“ピョコン”と出てきた。
「ケケケケケケーッ」
 鏡から出てきたわかばが不気味に笑いながら走り去っていくのを、もう一人のわかばが鏡の中から見ていた。
「ちょっとーぉ、こんな事している場合じゃないのにぃ」
 わかばは鏡の内側から鏡面をガンガン叩いて叫んだ。当然、外にその声は届かない。

***

「ケケケケケケーッ」
 鏡から出てきたわかば(ケケとしか言わないので“ケケわかば”とする)は、所構わず走り回る。手には何故かピコピコハンマーが握られている。
「わかばっち、何してるの?」
 声をかけてきたのは龍見ゆうまだった。
「ケケ?」
 返事を聞いたゆうまは呟いた。
「君、わかばっちの妖精のケケちゃん?。…って、わかばっちの妖精ってケケだっけ?」
 ケケわかばは手にしたピコピコハンマーで突然、ゆうまを滅多打ちにし走り去っていった。残されたゆうまは…。
「ケケケケのケェ」
 ケケケ化していた。そして同じ様にピコピコハンマーを手に街をうろつき始めた。こんな感じで、見かけた人を手当たり次第、ピコピコハンマーで叩いてケケケ化し、ケケケ人間を増やしていった。

「えっ、何で、わかば戻って来たの?」
 学校の校門前でひなたが出てくるのを待ち伏せていたかえでが驚いて言う。しかし…。
“パコン”
 ケケわかばは有無を言わさず、一発、かえでを叩いて走り去っていく。その直後、かえでは同じ様に手にピコピコハンマーを持ち、学校内へフラフラと入って行った。

***

 わかばが吸い込まれた鏡の前を龍見ゆうきが通りかかった。わかばは必死に鏡の中から自分の存在をアピールしたが伝わるわけもなく…しかし。
「何なの…この感覚、引き寄せられるような…あれなのっ」
 ゆうきはゴミ捨て場の前に転がっている不思議な鏡を手に取った。
「いい仕事してますね」
 その造型の美しさに、ゆうきは思わず口にしてしまう。そしてマジマジと覗き込んていると…鏡に吸い込まれてしまう。そして、わかばの時と同様に鏡はケケとしか言わないケケゆうきを吐き出すのだった。
「何事よっ?」
 気がつくとゆうきはいたる所が鏡で埋め尽くされた世界に居た。
「ゆーきちゃーん」
“ガーン!”
 わかばは泣きながらゆうきに飛びついたが、そのゆうきは鏡の作る虚像だった。ゆうきが呆れた口調で告げる。
「何してるのよ」
 鏡の壁顔面をぶつけてしまったわかばは、おでこを摩りながら辺りを見渡した。自分とゆうきが無数に映っていて、どれが本物かわからない。
「本物の私はどれなの?」
 この状況下で、わかばは思わずそんな気になってきた。

***

 ケケ人間にハンマーで叩かれるとケケケ化し、そのケケ人間がハンマーで誰を叩いてケケケ化させるという連鎖によりねずみ算的にケケ人間の数が増殖し、虹宮の街はケケ人間であふれていた。
 学校の側の神社の境内で、一人の少女が数人のケケ人間となってしまった少年達から逃げていた。その少女はふわりとしたボリュームのある淡い赤毛を後で二つに束ねた髪型で、見た目には少し幼い印象を受ける。
「なんなの。なんなの〜」
 少女は必死だ。そこにちょうど神社の前を通りかかったひなたが大声で呼びかける。
「こらーっ、大勢で女の子いじめちゃダメだぞっ」
「せっ…しぇんせぇ〜」
 ひなたの声を学校の先生と認識した少女は逃げる様にひなたの方へ走ってくる。
「確か…3年の椰下さんだっけ」
 ひなたは思い出すように呟く。自分の受け持ちの学年の子じゃ無いので記憶が曖昧なのだ。
「うん、ウララだよ」
 少女は頷いて言う。そこに…。
“ぴこっ”
 ウララという少女は頭をピコピコハンマーで叩かれる。叩いたのはケケ化したゆうきだった。
「龍見さんっ、何をするんですか」
 ゆうきはひなたにとって自分の受け持ちの隣のクラスの子なので、名前と顔は一致していた。ひなたはゆうきを叱る様に言うが、ゆうきは構わず、ひなたに向かってハンマーを振りかざす。
「ちょっ、龍見さんっ」
 ひなたはヒラリとゆうきのハンマーをかわす。すると、さっきまでウララを追いかけていた少年達、そしてウララ本人もハンマーを持ってひなたに迫ってくる。その尋常でない雰囲気にひなたは思わず、逃げ出す。