おジャ魔女わかば
第35話「熱いメロディ」
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「何故、ふたばを」
 緑の髪の少女をふたばと呼び、彼女に機械のプローブを設置しながら黒谷が貴之に問う。黒谷にとって彼女がいるのが予定外なのだ。貴之は問題無いと言う感じに告げる。
「言えば、反対しただろう。今回はスポンサーと技術面を補強する為の大事な場だ。インパクトが必要なのだよ」

***

 わかばはカードキーで自分の部屋を開けて、ベットに飛び込む。うつ伏せになってしばらく黙り込んでいたわかばは徐に起き上がる。
「…私、何を期待していたんだろう。お父さんに裏切られるのは慣れっこだったのに……これは酷いよなぁ」
 吹っ切ると言うか、心の奥へ押し込める様にそう呟いたわかばは、さっきのガイドブックを開いていみる。そして思い立ったように部屋を出る。わかばの心境的には止まっていると余計な事まで考えてドツボにはまりそうなのが怖かったからかもしれない。

 そこはわかばにとって外国。文字は読めないし言葉も通じない。そこを一人で出歩くというのはかなりの勇気が必要かもしれない。気の弱いのわかばにとっては尚更だ。しかし逆に何もわからないという状況が、わかばの気を大きくしていた。余計な事を考えなくて済むから…。とりあえず、ガイドブックで見つけたAMPタワーと言う場所を目指していた。それはホテルから比較的近くで南半球で一番高いと言う触れ込みだった。そこの展望室からなら、シドニーを一望できると考えたのだ。わかばはガイドブックの地図と街の看板等の記号、そしてビルの合間に見え隠れするタワーを頼りに難なく目的地に到着する。
「神戸タワーより大きいんだよね」
 わかばは比較対象として思い浮かべるが、実際どうなのかはわからない。エレベーターで展望室に上がったわかばはガラス張りの壁に張り付いて、その景色に見入る。そしてガイドブックと照らし合わせていく。そして苦笑いしてしまう。
「これで、何となく観光した気分になっちゃうよね」
「いえいえ、まだまだですわ。スカイツアーにはもう参加しましたの?」  不意に背後からわかばは声をかけられる。それは日本語だった。しかも聞き覚えのある声。わかばは驚いて振り返る。そこにはブロンドの髪と笑顔を輝かせた少女が立っていた。彼女は名古屋さくら。魔女見習いの友達だ。わかばは何故彼女がここにいるのか信じられない表情をしていた。そんなわかばにさくらは嬉しそうに説明する。
「ホテルの前でわかばさんの姿が見えましたので、つけて来ました。刑事になった気分でドキドキしましたわ」
「それって“ストーカー”なんじゃ…。ところでスカイツアーって?」
 わかばは首を傾げてさくらに尋ねる。
「信じられませんわ、ここに居てスカイツアーを知らないなんてっ」
 と言うなりさくらはわかばの手を引いて、エレベータに乗った。展望室の下の階でエレベータを降りると、そこは薄暗い部屋で、小さなシアターの様に座席が並んでいた。そして遊園地のアトラクションのように椅子に体を固定される。
「これをつけて」
 わかばはさくらにヘッドフォンを渡された。そして目前に巨大なスクリーンが登場した。スカイツアーはオーストラリアのスポットを大音響と巨大スクリーン等の効果で疑似体験できるというアトラクションなのだ。スクリーンの映像に合わせて、座席が動きだす。音響と視覚効果の連動により、まるで空を飛んでいるかのように。
 座席では、水辺では霧吹き、森林では木の香りなど、臨場感を出す演出が機械により行われていた。そして一通り終了した時、わかばはぐったりしていた。
「何故だか疲れたよぉ…」
「これを参考にシドニーを観光しますわ」
 と言って、さくらは元気にわかばを引っ張って駆け出していく。

 二人は港に来ていた。そこでさくらは何やらチケットを買っている。
「すぐに出るそうですわ、急いで!」
「えっ!?」
 わかばはさくらに引きずられるままにフェリーに乗った。約12分程度の船旅の後、降りた先でバスに乗り換えて丘を登る。するとそこは動物園のエントランスだった。
「ここはシドニーで一番大きな動物園ですのよ」
「へぇ〜」
 さくらは感銘を受けているわかばにお構い無くゲートをくぐる。この動物園でわかばが最初に目にした動物は、孔雀だった。しかも放し飼い状態で、道の真ん中で羽根を広げ何かをアピールしている。
「ひぃっ」
 わかばは驚いて思わず仰け反ってしまう。
「とても優雅ですわ」
 さくらはわかばと違い孔雀に近づき、感心している。さらに奥へ進む。二人の向かった先では長蛇の列が出来ていた。
「何だろ?」
「有料でコアラを抱っこできるそうですわ」
 さくらが自分のガイドブックを見ながら言った。列の先頭では観光客が眠たそうなコアラを抱いて記念撮影をしていた。
「実はコアラは、夜行性の動物ですの」
 さくらがさらっと言うと、わかばは苦笑いしてしまう。
「…コアラもいい迷惑だよね」
 最初は乗り気で無かったわかばも次第に動物園を楽しんでいた。

 動物園を一通り見た二人は再びシドニー市街に戻ってきていた。時刻はお昼をかなり過ぎている。
「私、いいお店知ってますわ。すこし遅くなりましたが昼食にしましょ」
 と言うさくらに、なすがままに連れまわれるわかばだった。二人は、とある建物の2階のステーキハウスに入って行った。
「お昼からステーキ?」
「いいから、いいから、さくらに任せて!」
 二人は席に着いた。さくらは流暢な英語で二人分の注文をした。わかばは思いがけずさくらと出会った事で、シドニーを楽しむ事が出来た。
「さくらちゃん…ありがとう。」
 自然とお礼の言葉が出た。さくらは目を丸くして…。
「お礼を言わなくてはならないのはこちらですわ。国際エネルギー学会に出席する父について来たのですが、ちょっと退屈していましたの。もしわかばさんを発見しなければ、部屋に戻ってテレビ見ながらゴロゴロしてみるとに長電話の一日になっていましたわ」
 さくらの言葉にわかばは思わず笑みを浮かべてしまう。さくらは尋ねてみる。
「わかばさんもあのホテルと言う事は学会関係ですの?」
「うん。お父さんが研究の成果を発表するんだって」
 わかばはあまり内容は知らないので言い難そうに答える。
「あら、そうでしたの〜。私の父はビジネスチャンスを求めて参加していますのよ。エネルギー問題は人類の大きな課題ですから、新しいエネルギーの開発は急務であり新たなビジネスでもあると常々言っていますわ」