おジャ魔女わかば
第36話「師走の忘れ物」
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 虹宮北小学校から少し北側に登った所にあるアパート。ひなたが住んでいるアパートなのだが“弥生”と表札の掲げられた部屋の隣……2階の一番奥の部屋では昨晩から忘年会と称した宴会が行われていた。元々広い部屋では無いのだが、大の男が4人も集まると狭く窮屈に感じる。
「あの……いつまで続くんですか?」
 4人の中で一番小柄な青年が炊事場に立ちツマミを造りながら問う。彼はヒロヤ。この部屋に住んでいる。もう一人、この部屋の住人であるガムと言う長身の強面の男はさっきからひっきりなしに日本酒の入ったグラスを口に運んでいる。そして一番がたいの良い……というかマッチョな男。二人の仕事上の上司にあたるガイという男は飲んでいたビールの空き缶を握り潰し、小さく丸めながらニヤリと笑って言う。
「エンドレスだ」
「いい加減にしておけよ。ガイ」
 慌ててガイを説得しようとしたのが、ガイとは同期の黒谷圭一。ガイは当たり前の様に返す。
「まだまだイケるぜ」
「当然っスよ」
 ガムもそれに乗ってくる。どうやら二人は底なしみたいだ。ヒロヤは既に限界なのと、二人の非常識さに頭を抱えている。それは黒谷も同じだった。
「飲まない奴は飲むな、それは自由。しかし飲まん奴は面白い話をする。これは掟だ」
 ガイは拒否できない威圧を込めて黒谷とヒロヤに言う。
「ええっ、マジっスか」
 ヒロヤはすっかり押されてしまっていたが、黒谷は……。
「絡むなよ、酔っ払い」
 冷静に切り返すというか、何処か不機嫌だ。しかし酔っ払いには通じなくて…。
「俺がこの程度で酔うと思うのかっ」
 と大声で叫び出してしまうから始末が悪い。黒谷はさらに頭が痛くなる気がした。

「中学の時の英語の先生かぁ……それでどうなったぁ」
 ヒロヤの話を興味深く聞いていたガイが乗り出して聞いてくる。ヒロヤは照れながら……。
「どぉ…って、片想いで終わりっスよ」
「ちぇ、期待させやがって。次は黒谷さんですよ」
 ガムが黒谷に話をふってくる。
「俺は何も話す事ないけど」
「そんな事は無いだろ〜〜」
 ガイが黒谷に絡んでくる。何故か話題は初恋の話。しっかりグダグダ絡みながらガイは思い出したように言う。
「お前ンとこの教授、何年か前まで美人の助手を連れていたんだろ」
「何でお前がそんな事を知っているんだ」
 黒谷は驚きを通り越して呆れる。
「しかも、学生のお前を研究所にスカウトしたのも彼女なんだろ」
「どうしてそこまでっ」
 黒谷は焦っている。ヒロヤは興味深々と聞いてくる。
「ええっ、何かありそうですね。聞かせてくださいよ」
「ここまで聞いたら、もう全て聞かないと、夜眠れなくなりますよ」
 ガムも乗り出してくる。黒谷はガイを睨みつけるように見るがガイは気にも留めず自分のペースを貫いて……。
「よし、話せ」
「へいへい」
 黒谷は諦めたように話し始める。まぁ、酒の席だしと軽い気持ちだった。

***

 もう何年も前の春の出来事だった。大学に入学したての黒谷は学生課を訪れていた。そこで書類を提出している黒谷に軽い声がかけられる。
「圭一、何してんだ」
「恭一か。履修申請だよ。出した?」
 黒谷はケロっと答える。恭一と呼ばれた青年は面倒臭そうに顔を顰める。
「俺、圭一と全部一緒で良いから書いておいてくれよ」
「自分でやれっ」
 黒谷は怒って即答する。履修申請とは大学で自分の受ける授業を選んで申し込む作業。この手続きをミスると授業を受けていても単位が貰えなかったり、必修科目を申請し忘れると進級や卒業に関わったりするのでかなり気を使う。
「書く時間はいくらであっただろ」
「毎日コンパだったからさ」
 と当たり前の様に答える恭一に黒谷は呆れてしまう。金髪で雑誌のモデルの様に整った顔の彼は毎日いろんなコンパで引っ張りダコの人気者だった。彼の名は桐谷恭一。名前順の学籍番号が近くだった二人は入学して最初に声を掛け合った同士として友人となったのだが、恭一は純朴そうな黒谷とは対極にあると言えた。
「おい、あの人、ずっとこっちを見てないか」
 恭一は大学の生活課のフロアの隅に立ち、こちらを見つめている黒い服を着た女性を見ていた。黒谷はその女性を見て、一瞬動きを止める。
「……」
「ん、圭一が反応した。圭一の心を動かすなんて、只者じゃ無いな彼女。是非、その魅力をもっと知りたいと……」
 と言いながら女性の方へ行こうとした恭一を捕まえ黒谷はこのフロアを出ようとする。黒谷は女性に対して無関心と言うかおくてと言うイメージを恭一は抱いていた。そんな黒谷が反応させる程の魅力に興味津々だったのだ。一方、黒谷の真面目な性格は簡単にそれを許さない訳で……。
「何だよっ」
「迷惑だろ」
 などと言いながら黒谷はエレベーターホールの前で足を止める。そこには掲示板があってたくさんのメモが貼り付けられている。それは大学が仲介しているアルバイトの求人だった。
「何、バイトすんの?」
「ああ、一人暮らしだからさ」
 黒谷は求人を端から眺めながら答える。
「なら、俺んとこ来いよ。儲かるぜ」
「いや、遠慮しとく。俺には無理だと思うから」
 黒谷は即答する。恭一のバイトが彼の恵まれた外見と趣向を反映させたものだと知っていたからだ。思うような求人が無く、エレベーターに乗る黒谷をさっきの女性はずっと見つめていた。

 昼。黒谷は恭一と共に学食の定食を口にしていた。そこに……。
『理工学部一年、黒谷圭一さん。おられましたらすぐに生活課まで来てください』
 放送用のスピーカーから自分の名前が出てきて黒谷は驚いてむせてしまう。
「何やったんだよ」
「履修申請のミスでもあったのかな……いや、それなら学生課か。生活課って」
 思い当たる節が無い。黒谷は残っているご飯を口に押し込んで席を立つ。
「ちょっと行って来るよ」
「ああ」
 恭一は暢気に味噌汁をすすりながら黒谷を見送った。