おジャ魔女わかば
第38話「愛しのトゥールビオン」
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 わかばが通っている虹宮の魔法堂ではお茶会が開かれていた。午前中に出勤してきて、店の開店準備をしたわかばだったが、客は一人も訪れず、やって来たのは京都の魔法堂の魔女見習い日浦あずさだけだった。そのあずさが持ってきた和菓子を見て、即行でお茶会という流れになったのである。
「お正月にうちのお店を手伝ってもらったお礼にって、マジョリーフが」
 あずさはそう言って美味しそうな饅頭を広げる。
「お店は良いの?」
 わかばは心配そうに言う。あずさの師匠の店は人気の和菓子屋。日曜ともなると猫の手も借りたいほど忙しいはずだ。
「魔女問屋の新人さんが午前中はお手伝いしてくれるみたいだから、お昼までは良いのよ」
「なるほどなぁ〜」
 と言って饅頭に手を伸ばしたのは蒼い跳ねっ毛の蒼井つくしという少女。その隣には彼女の師匠魔女で大阪でリサイクルショップを経営しているマジョフォロンの姿があった。
「何で、あなたがここに居るの?」
 あずさがつくしに尋ねる。つくしとマジョフォロンは昨年末から何かと、ここ虹宮の魔法堂に顔を出していた。話では自分達の店はずっと休みにしているらしい。
「二人は昨日から遊びに来ているのよ。ミカとフォロンは徹夜で宴会だったのよ」
 この店のオーナー魔女マジョミカの妖精キキが説明する。どうりでマジョミカとマジョフォロンは疲れ切って眠たそうにしている。
「そーいうこっちゃ。あんた、はよ帰りや」
「なっ」
 つくしの言葉にあずさがカッとなる。慌ててわかばが二人の間に入る。
「まーまー、お茶飲もっ」
 わかばに言われて、二人はいがみ合ったままお茶を口にする。
「しかし、ミカの店は本当に開店休業じゃね」
 マジョフォロンがポツリと言う。嫌味のつもりは毛頭ない。
「この街は平和すぎるのだよ」
 マジョミカが力無く呟く。
「ミカ、ちょっと寝てきたら」
 キキが鬱陶しそうに言う。

 未だに打ち解けていないあずさとつくし。お互いに認め合う部分はあるのだが、それを素直に表現する気にはなれないのだった。わかばは二人が仲良くなってくれればと思いながら、二人が衝突しないかハラハラしていた。そんなわかばが振った今朝の兄の話題に二人は興味を示してくれた。
「でも、世界は狭いなぁ…カズミさんとわかばのアニキがデキとったとはねぇ」
 わかばの話を聞いたつくしがしみじみ呟いた。あずさは無感情を装いながらわかばに告げる。
「でも、わかばのお兄さん、優しそうだからモテるんじゃないの?」
「そーかなぁ〜」
 わかばは不思議そうに呟く。兄の交友関係はあまり知らないのだ。
「それにしても、カズミさんって、どない言うて告白したんやろ?」
「さぁ?…つくしやわかばはどんな告白されたい?」
 あずさが二人に話題を振る。
「ウチは、言葉じゃなくて、行動で示してくれたら…って何言わすねん!」
 言っておきながら照れてしまい、それを隠すようにつくしはわかばに言う。
「わかばはもう、告白されたもんなぁ」
 わかばは真っ赤になり、小さくなって呟いた。
「その話題には触れないでお願い」
「はいはい…っと、そんで、あずさはんはどーなん?」
 と言ってつくしはあずさの顔を覗き込む。一呼吸置いてあずさが語り始める。
「昔ね、好きな女性にオリジナルのケーキを贈って、美味しいと思えたら結婚して欲しいとプロポーズした人がいたそうよ…私もいつかそんなプロポーズを受けてみたいなって思うの…」
 珍しくあずさが自分の世界に浸っていた。つくしは少し呆れて。
「キザなやっちゃなぁ〜…どんなケーキやねん、見てみたいわ」
「そのケーキのレシピは幻のレシピと呼ばれているの…今晩魔女界でその幻のレシピが再現されるという噂なの」
 あずさは一気に説明した。わかばはもしかしてと尋ねる。
「幻のレシピ…魔女界…そのケーキでプロポーズされた女性って…まさか」
「そう、先々代の女王様よ」
 あずさは答えた。

***

「それじゃ、今晩、魔女界で」
 お昼前、そう言ってあずさは京都へ戻って行く。午後からは店番があるからだ。魔法堂のすぐ側の貯水池前からバスに乗ったあずさ。誰も乗っていないガラガラのバスの一番後ろの座席に腰を降ろし、ぼんやりと窓の外を眺める。気を抜くと溜息が出てくる。同時に胸が締め付けられる感じがした。
「何で……こんな想い」
 ずっとわかばとつくしに悟られまいと抑えつけていた想いが一人になって溢れてきたみたいだった。
「もしかして……私、恋をしていた?」
 そう口にするまで、その事を認識出来ていなかったかのように呟いた。そして……。
「それを認めたと同時の失恋」
 思わずあずさは苦笑いしてしまう。でもすぐに気持ちを切り替えて……。
「もし次があるのなら、その時はもっと上手くできる……と思うから」
 と言い、微かに笑みを浮かべる。自分の経験値が増えた事、そしてまだ見ぬ自分を少しだけ垣間見えた事に対する想いだったのかもしれない。

***

 その日の晩。魔女界では、呪いの森が数日前に再び姿を現した事により緊張感が高まっていた。幻のレシピの再現もこのような状況を打開する為に企画されたと言われている。そんなピリピリした魔女界で緊張感の無い空間があった。長い長い一本道の途中に三人の魔女見習いが何やら話し合っていて、何かを始めようとしていた。
「本当にこんな作戦で大丈夫ですの?」
「ワタシ、信じるネ。大丈夫ヨ!」
 大きな逆さにしたザルに棒をつっかえる形で一方を持ち上げ、その棒に紐を結び、その紐を引く事でザルが倒れて中に獲物を捕獲できるという初歩的な仕掛けだ。その紐を握る桜色の魔女見習い服の李蘇雲に同じく黄緑の魔女見習い服の名古屋さくらは不満をもらした。ザルの下に置かれたニンジンを見つめながら、白い魔女見習い服、如月みるとは呟く。
「モタモタさんのウサギ、何処に居るのかしら?」
 実は、今3人は魔女見習い2級試験の最中だった。課題は居なくなったモタモタのペットのウサギを探し出す事。