おジャ魔女わかば
第39話「ゆうきの試練」
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 二人の会話をベットの中でジッと聞いていたゆうきは何かを堪えるようにギュッと唇を噛み締めた。

 それぞれの思いを胸に、夜が更けていく。そして翌日…。
***

 お日様がちょうど真上から降り注ぐ、天気のいい冬の昼。ゆうきの家の庭に試験官魔女2人と魔女見習いが3人、煙と共に出現する。試験官はいつもノロノロコンビのモタとモタモタ。魔女見習いは、ゆうきの会った事のない人物達だった。とりあえずゆうきはわかば達がいない事が気になり試験官に尋ねた。
「わかば達は一緒じゃないんですか?」
「わかばぁ〜って誰だっけぇ〜」
 と言ってモタは考え込んでしまう。
「ほぉら〜、緑のツーテールの〜、印象の薄い大人しい子よ〜」
 モタモタは自分の頭の横辺りで両手をワサワサさせつつ、わかばの髪型を表現しながら、わかばの気にしているであろう事をずけずけと言ってのける。それにモタもやっとイメージが浮かんできたみたいで…。
「あ、そうそう〜、わかばちゃん達は別日程なのよ〜、今回、1級受験者が多いから分けたのよねぇ〜」
「今日は、虹宮第1大会よ〜」
 試験官のじれったい説明がやっと終る。
「それじゃ、そっちの三人は?」
 ゆうきがさらに疑問をぶつける。どう考えても自分とは系統の違う魔女見習いが三人いるからだ。
「この子達はぁ、魔女見習い合宿教習所の修了検定、つまりあなたと一緒に魔女見習い試験1級をうける、月出身のかぐらちゃんと雪娘の深雪ちゃんと若手魔女のナスカちゃんよぉ〜」
 モタに説明されて、三人が会釈する。月の魔女の一族で人間界に来る事が夢で魔女資格を得ようとしている月影かぐら。奇しくも今回の試験の舞台が人間界となり、いきなり“人間界に来る”という夢が叶ってしまい、憧れの世界に落ち着き無くソワソワとしている。青い髪を大きな橙色の髪飾りで二つに纏めているおさげがキョロキョロする頭によって踊っている。
 氷の様な冷たさと美しさを持つ少女、雹深雪。彼女は魔女界に出稼ぎに行く為に魔女資格が必要だった。深雪はちょっと曇り気味の空を見上げて安心したように表情を緩めていた。雪女の一族とされる雪魔女の深雪は人間界の気温が気になっていたのだろう。気温によって彼女の行動と魔力は著しく変化するからだ。幸い、今は季節が冬。深雪にとっては一番動きやすい季節と言える。
 マジョナスカは魔女学校を飛び級で卒業したエリート魔女。魔女界で魔女は成人するまで寄宿系の学校に入れられ、自由はほとんど無かった。しかし、ナスカには自由を欲する理由があった。行方不明の育ての母。大人の魔女達は誰も何もナスカに教えてはくれない。自分で探すしかなかったのだ。だからナスカは魔女資格を得て早く一人前の魔女になる事を選んだのだ。
 それぞれの決意が込められた瞳にゆうきも自分の決意を再確認し、試験に向けて気合を入れる。
「じゃぁ〜、試験を始めていいかしら?…1級試験は〜、日暮れまでに、魔法を使って良い事をして、ありがとうって言ってもらえたら合格。我々は地域住民のお役に立てる魔女を目指すのよぉ〜」
 モタモタがゆったりと試験内容を告げる。
「それじゃ、試験開始ぃ〜」
 そして、いつものようにモタの間の抜けた声で試験が始まった。4人の魔女見習いはタップから魔法の箒を取り出し、薄暗い冬空へと飛び立って行く。

 試験開始と共に箒で飛び出した4人だったが、とりあえず街の上空に滞空し、作戦を練ることにしていた。
「虹宮か…なぜか懐かしい」
 ナスカがぼんやり街を見つめて呟いた。ゆうきは思い出したように告げる。
「“龍見ゆうき”よ。この街で魔女見習いをしている。聞きたい事は?」
 ゆうきは名乗って質問を受け付ける。街を知っている自分なら、何らかの情報を彼女等に与えられると考えたのだ。
「ゆうきさん、ありがとう」
 深雪はそう言って微笑む。隣でかぐらが難しそうな顔をして言う。
「でも、何を聞いて良いのか。それすらわからない状況だからね」
「つまりは困っている人を探す。それで魔法を使って助ける。ありがとうって言って貰えれば合格。それだけじゃないの」
 ナスカはそう言って、手早く箒を操作して離れていく。
「この試験は個人戦って事か」
 ゆうきもそう言うと納得して動き出す。
「私達も行きましょう。くれぐれも魔女と知られないように」
 深雪はそうかぐらに告げて飛んで行く。一人になったかぐらは感慨深げに街を見つめる。
「ここが、夢にまで見た人間界なんだぁ〜」

***

 虹宮を南北に流れる河川、シュク川。その川に沿う様に延びる道路を原動機付き自転車、所謂原チャで南方面へ走っているのは弥生ひなた。わかばやゆうきの通う学校の教師だ。道路の両脇には桜の木が植えられていて、冬なので花こそ咲いていないが、その木の枝が道路の上にまで伸びてきていて、それが緑のトンネルの様になっている。そんな道を見つめながらひなたは呟く。それはまるでポエムを読む様に。
「冬の日の午後、もしあなたに親切心があるのなら、あまり空を見ないであげてください。そこにはあなたに見られたくない人がいるかも……」
 そのちょっと変なポエムは、原チャのエンジン音や走行音、他の車のそれ等に掻き消されて、ひなたが被っているジェット型のヘルメット内だけに反響する自分だけのポエムだった。赤信号に引っかかったひなたはふと空を見上げる。
「あら……やっぱ、今日だったのね」
 呟いたひなたの視線の先には青緑の魔女見習い服が箒に乗って飛んで行くのが見えた。それを感慨深げに見つめていると、不意に声をかけられた。
「ひなた先生〜」
 ひなたが信号待ちをしている交差点の横断歩道を渡っている緑のツーテールヘアーの女の子だった。彼女はひなたの担任するクラスの生徒、桂木わかばだった。
「桂木さん、お買い物?」
 ひなたは原チャを降りて、エンジンを切って押しながら歩道の方へ入って行く。わかばはすぐ側のスーパーマーケットの買い物袋を下げていたのだ。
“わかばちゃんは今日じゃ無いんだ”
 ひなたはヘルメットを脱ぎながらそう思っていた。