おジャ魔女わかば
第43話「四葉のクローバー」
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 その日の桂木家の夕食はカレーライスとポテトサラダ。それをわかばと葉輔、そして黒谷圭一が囲んでいる。黒谷は研究者であるわかば達の父――貴之の助手をしている20代半ばの男だった。家に寄り付かない貴之に代わり、何かとわかば達の相手をしているのだった。元々子供好きというか本人が子供っぽいので一緒に遊んでしまうのだった。先程の電話は彼の“今日、行くよ”という連絡だった。
「黒兄ぃは新作ゲームが出るたんびに来てない?」
「今回はこれで勝負だっ」
 呆れている葉輔に黒谷はゲームのパッケージを見せながら言う。
「はいはい、ご飯食べてから食べてから」
 葉輔はやれやれという感じに受け流す。しかし、葉輔も黒谷と遊ぶのが楽しみでもあった。それはわかばも同じ筈なのだ……いつもは。しかしこの日のわかばは黙ってカレーを口に運ぶだけだった。葉輔と黒谷もそれを気にしながらも訊けないでいた。そんな中、わかばがポツリと申し訳無さそうに言う。
「お兄ちゃん、ごめん」
「いや、いいさ、貸し1な」
 と笑ってみせる葉輔。隣で黒谷が“良く無いじゃん”と苦笑いしている。わかばはお茶を一口飲んで、話し始める。
「今日、優子さんと買い物に行ったんだ。お母さんの事……いっぱいいっぱい思い出した」
「そうか……それで」
 葉輔は納得する。そしてわかばを諭そうするが、わかばが先に口を開く。
「お母さん……時々虹宮に来てるって。優子さんが言ってた。会いたいよ……お母さんに」
 わかばの目からは涙が零れそうだった。
「泣いたって駄目なんだ。全部、あの親父のせいで……」
 葉輔は怒りに拳を握り締める。わかば達の両親は離婚の際の取り決めで、母若菜が今後、子供達に会ってはいけないと言う約束を交わしているのだった。葉輔はその事に怒りをあらわにしているのだ。ずっと黙っていた黒谷が口を開く。
「僕はずっと、君達のお父さんと一緒に仕事をしてきた。僕は研究者として彼を尊敬している。人間としては少し疑問はあるけど、君達の事を考えていない訳では無い。あの事故の事は憶えているだろ」
 事故とは、離婚の直前、貴之の研究機関で起こったバイオハザードだった。“何か凄い事が起こって大勢の人が怪我をした”わかばと葉輔はそう言う認識だった。
「あの事故後の混乱から君達家族を守るにはああするしか無かったんだ」
「俺達はそんなの望んではいない。それに事故が無くても遅かれ早かれ、母さんは出て行ったと思う。その時はわかばだけでも連れて行く覚悟はあったと思う。それに結局、離婚と事故の影響を一番受けたわかばは登校拒否になって」
 葉輔は怒りを貴之を擁護する態度を見せる黒谷にぶつける。
「わかばちゃんの事は想定はしていて、手は尽くしたけど、防ぎきる事が出来なかった……申し訳ないと思う」
 黒谷はわかばに頭を下げる。葉輔の怒りは収まらない。
「それは黒兄ぃの事だろ。その間、親父は何をしたっていうんだ。何であいつを庇うんだよ。黒兄ぃはどっちの味方なんだっ」
 今まで、自分達を構ってくれていた黒谷は自分達の味方だと思っていた葉輔が問う。黒谷は真っ直ぐ葉輔を見つめて告げる。
「僕は……中立の立場をとっているつもりだ」
「もうやめてっ。ごめんなさい。もうお母さんに会いたいなんて言わないから。ケンカしないでっ」
 わかばだった。大粒の涙を零しながら、擦れる声で必死に訴える。そして泣き崩れる。葉輔と黒谷は黙り込んでしまう。

***

 わかばは自室に閉じ篭りベットの中で泣いていた。玄関では黒谷が帰る所だった。
「ごめんな。本当は、これ以上、葉輔達家族がバラバラになっちゃいけないって思ったからさ」
 黒谷が申し訳無さそうに言う。葉輔もばつが悪そうに頭をボリボリしながら答える。
「その為に黒兄ぃが気を遣っていろいろしてくれてるのはわかってるんだ。俺もカッとなって…」
「そもそも、全部、自分で何も伝えようとしない桂木主任が悪いんだよ」
 黒谷は悪戯っぽくそう言うと微笑む。葉輔も笑って頷く。
「わかばちゃんにごめんって言っておいて」
「あいつも分かってると思うから。黒兄ぃの気持ち。しばらくそっとしておくよ」
 葉輔の言葉に黒谷は頷きながら手を振って帰って行った。

 わかばは暗い自室で魔女見習い服に着替えて、魔法を発動させる為の楽器であるクルールポロンを見つめていた。もうどうしても母に会う為には魔法を使うしか無いと思えた。しかし、わかばは魔法を使う事を躊躇していた。去年の四月。わかばは偶然か、それとも運命の巡り会わせか虹宮で商売をしていた魔女のマジョミカと出会い、彼女の元で魔女修行を行っていた。その目的は魔女になる事で自分を少しでも変える事。そして魔女と見破った事で魔女ガエルにしてしまった師匠を元の姿に戻す為。進級試験を受け、やっと、あと一つ合格する事で魔女になれる所まで来ていた。しかし、わかばはそこで知ってしまう。魔女になる事は人間を辞める事。魔女になると桂木わかばとしてはもう生きてはいけない事を意味しているのだ。それは魔女と人間では寿命の違いが起因していた。わかばは迷った。魔女になるか、人間のままでいるか。答えは次の試験合格まで先延ばしにしていたのだ。
「ポリーナポロン プロピルピピーレン ………っ」
 呪文を詠唱するわかば。でも、願い事が出てこない。言えない。そしてそのまま座り込んでしまう。目からは止め処なく涙が流れる。
 今、ここで魔法を使えばいとも簡単に母に会えるかもしれない。しかしそれは魔法に頼る事。いずれ魔女を選ぶ事を意味し、近い内に本当に母と別れなくてはならない未来を選択してしまった様にわかばには思えるのだった。そう考えると魔法が使えなかった。さらに、こんな苦しい事に答えを出さなくてはいけないのなら、魔女を選ぶ仲間達と共に歩む未来を、まるで逃避するかのように選ぶという事も何度もわかばの頭の中で回り続けているいるのだ。
 徐に立ち上がったわかばが再び呪文を唱える。
「ポリーナポロン プロピルピピーレン ………お願いっ、私っ」
 わかばの想いを汲み取り発動した魔法が激しい光を発して弾けた。