おジャ魔女わかば
第48話「虹宮の空」
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「ずいぶんと熱いバトルをしてるね。かえでちゃんは戦わないの?」
 不意に声をかけられ、振り返るとそこには20代の男性が二人立っていた。声をかけてきたのは背の低い方の優しい表情の青年だった。
「逆転ファイター……の二号さんと三号さん」
 かえでは呟く様に言う。背の高いちょっと強面の方が苦笑いしながら言う。
「今はプライベートだから、その呼び名は勘弁な」
 逆転ファイターとは逆転スピナーの宣伝や盛り上げを担当しているゴーグルとメタリックのスーツが特徴の子供達のヒーローだ。青年は指でゴーグルの形を造り、今日はゴーグルしてないよと主張する。しかし、かえでは首を傾げて言う。
「でも、私、お二人の本名知らないから」
「そうだっけ……なら仕方ないね。僕がヒロヤで、アニキがガムって言うんだ」
 と背の低い三号の方が説明しながら、かえでの横に座る。二号ことガムはその後に立って腕組みしている。
「かえでちゃん、ちょっと良いかな」
 ヒロヤはそう言って話し始める。
「逆転スピナーももうすぐ一年だ。各スピナーの強化シリーズの発売も一段落ついて、4月からは新シリーズに突入するらしいんだ。僕等は逆転ファイターに拾われてファイターズとして3人で逆転スピナーを盛り上げてきた。でも4月からジンさん、あ、一号の人ね。が抜けて僕等二人でやって行く事になったんだよ」
 長々と話すヒロヤ。不安があるのか、全然嬉しそうじゃ無い。ガムが続ける。
「今まではアルバイト契約だったんだけど、これに伴い4月から正社員として契約してもらえるんだがな……」
「それって、良い事なんじゃ」
 かえでは首を傾げる。
「僕等、一号の後ろってポジションだった訳だし、一号のあの強烈なキャラクターがあってこその逆スピだと思うんだ。だから、僕等だけでやっていく自信が無くて」
「俺らには無理だ」
 二人は悩んでいるのだった。かえでは呟く。
「子供達はちゃんと見てくれてると思う。特に男子は。一号はパワータイプの無敵の男。二号は頭脳派、三号は豊富な知識と改造テクニックを持った博士的存在って、亮介達が話してたし」
 かえではちゃんとキャラが立っている事を説明する。それに少し嬉しそうにする二人だが、まだ煮え切らない雰囲気だ。
「聞こえない?……スピナーとスピナーがぶつかる熱いバトルの鼓動が」
 かえではわざと熱く語ってみせる。
“ガシィィィ!!”
 激しい金属音がして、オブジェでバトルしていた二人の少年のスピナーが同時に場外へ飛ばされる。その内の一体がヒロヤの足元に転がってきた。ヒロヤはベンチから立ち上がり、そのスピナーを拾い上げる。
「悩む前に全力でぶつかって行けば良かったんだ。子供達もスピナーもそこに居るんだから」
「そうだな、後戻りは出来ない道だったな」
 スピナーを手に少年の方へ歩いて行くヒロヤに続き、ガムも歩き始める。二人はポケットからファイター用のゴーグルを取り出して顔に装着する。
「逆転ファイターっ」
 ケンジとタモツは声を揃えて驚く。
「君達、僕等と一勝負しないかい?」
 逆転ファイター三号となったヒロヤがカスタムチューンしたエヴォルツイスターZというスピナーを手にニッと笑って言う。その隣では二号のガムがアクアスクリューSを持って以下同文。
 こうして、少年二人とファイター二人のタッグマッチが始まった。それをかえでベンチから眺めていると……。
「あれ、何かのイベント?」
 蒼いはねっ毛の少女がやってきてかえでの隣に座る。かえでとここで会う約束をしていた蒼井つくしだ。
「ううん、サービスみたいよ」
「へぇ……それじゃ、勝ったチームと戦う?」
 と言うつくしの手にはカスタムチューンが施されたルミナスクルーラP。かえでは呆れつつも鞄から愛機ガイアスピーダーGを取り出しセッティングを確認してみるのだった。

***

 高速道路を走る赤いスポーツカー。MG社本社ビルに向っているのだ。運転席には金髪の美形の青年。彼は桐谷恭一。助手席には同年代の黒髪の女性――神無みなみ。そして後部座席には年配でフードで顔を隠した女性が座っていた。手には分厚い資料の束が握られている。
「しかし、驚きましたよ、ドクターフォロン。テトラフレームのエネルギー変換系のトラブルを即座に解決してしまうなんて。これで頓挫していた開発も進む事と思いますよ」
 桐谷は嬉しそうに言う。しかし、ドクターフォロンと呼ばれた後部座席の女性は感情を押し殺した声で答える。
「その為に私が必要だったのでしょう」
「まぁ、そういう事だからね」
 みなみは苦笑いしながら言う。
“みなみの恩師というフォロンという名の博士……一体、何者なんだ”
 桐谷はルームミラーでドクターフォロンの表情を覗いながら疑問を感じていた。そんな桐谷の疑問を感じ取ったのか、みなみが告げる。
「大丈夫よ。私もドクターもプロジェクトに対する最終目標は同じ。その中でそれぞれ違った目的でプロジェクトに参加している事も事実。でも、それはあなたの目的の邪魔になる事じゃないから」
 しばらく考えて見せて、桐谷は言う。
「そうか。全てを見通せていないのは、いささか不安ではあるけど、みなみさんがそれを見通せているのなら、問題無いのかもしれない。それじゃ、ドクター。次はヘキサフレームの方の面倒を見てやってくださいね」
 そう言いながら、桐谷は車を高速を降りるレーンへと車線変更させた。

***

 逆転スピナーでの数回のバトルを終え、少年達もファイターの二人も満足して帰って行った。かえではデジカメ内に記録されているバトル風景や終了後にみんなで撮った記念写真をベンチに座って見返していた。そこにつくしが帰ってくる。飲み物を買いに行っていたのだ。つくしはかえでの隣に座り、紅茶を手渡しながら言う。
「何か、久々に楽しかったって感じやわ」
「……何かあったの?」
 そのつくしの言葉のニュアンスにかえでは尋ねてしまう。
「実はな、引越す事になってん。またたらい回しやねん」
「え……今の親代わりの人とは上手く行ってたんじゃ」
 意外なつくしの言葉にかえでは信じられないように言う。