おジャ魔女わかば
第49話「わかばのナイショ」
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 虹宮。何処にでも良くある様な普通規模の街。小さな終点の駅を降りて、長い上り坂を登っていくと学校が何軒か見えてくる。その一番上に位置するのが虹宮北中学校。まだ早朝で部活のある生徒くらいしか登校していないこの道を緑色の髪を左右に束ねた髪型の少女が登って行き、校門を抜けて行く。彼女の名前は卯月若葉。14歳の中学二年生だ。部活がある訳でも無く、若葉は校舎に入って行く。二年四組、そこが若葉のクラスの教室。教室に入った若葉は窓際で後ろから二番目の机に鞄を置く。そこが若葉の席なのだ。
「ふぅ〜」
 まだ誰も来ていない教室を見渡して若葉は大きく息を吸う。
「はぁ〜」
 そして息を吐く。気温は三月にしては肌寒かった。それでも、あの坂道を歩いて登ってきたので、体は暖まっている。若葉はくるくるとネジ式の窓の鍵を解除して窓を次々開けていく。ここは校舎の三階。それだけ上空なので、地上より冷たい空気が流れ込んでくる気がした。そんな事を気にせずに若葉は黒板消しを二つ両手に持って黒板を拭き始める。黒板は昨日の6時間目の授業の板書の消し残りと白い粉がたくさん付着していた。若葉は端っこから丁寧に黒板を拭いていく。白い粉や色チョークが混ざり合った黄色っぽい粉が無くなって深緑一色の黒板に変身していく。
「うん。綺麗綺麗」
 黒板の色に感激しながら、若葉は黒板消しをクリーナーにかけた後に、小走りで教室を出て行く。向ったのはトイレの手洗い。そこにかけられた雑巾を一枚水洗いして、それを手に教室に戻ってくる。その雑巾で教卓と前から二列の机の上を拭いて、飛び散っていたチョークの粉を綺麗にする。最後に黒板の下のチョーク置きの部分を拭く。
 ここまで終って、雑巾を洗って教室に戻って来た若葉は、流石に体が冷えてきたのかブルッと震える。紺色のブレザーにジャンバースカートの制服。その足をモジモジしてみる。そして窓を閉めてから自分の机に座る。これが若葉の朝の日課になっていた。
 しばらくすると、部活の朝連を終えた生徒達が教室に入って来る。大きなスポーツバッグを下げたサッカー部の男子が教室に入って来て言う。
「卯月、いつも早いな」
 若葉はそれにペコリと頭を下げて答える。その男子は一緒に入って来た男子達と話始める。話題は今度の大会の事やテレビの事など……。
「昨日の如月みるとのドラマ見たか?」
「えっ、昨日だったっけ。誰か録画してないかっ」
 如月みるとは今、人気のアイドルの事である。そんな会話を聞きながら若葉は一人、黙々と携帯電話を弄っていた。携帯電話のツールでメモ帳と言う文章データを保存できる機能を使い、うんうん考えながらなにやら打ち込んでいた。そこに背後から声がかけられる。
「おはよーさん」
 それは蒼い跳ねっ毛の元気そうな関西弁の訛りの強い女の子で若葉の後の席。彼女は蒼木筑紫
「筑紫ちゃん、おはよ」
 振り返った若葉の控えめな挨拶より、持っている携帯が気になる筑紫は矢継ぎ早に尋ねる。
「出来たん、新しいの」
「うん……一応」
 若葉は小さな声で言う。筑紫は若葉の携帯の画面を覗き込もうと身を乗り出してくる。
「筑紫ちゃん、赤外で送るから〜」
 若葉は筑紫に体重をかけられて重たいと主張しながら言う。筑紫は待ってましたと自分の携帯電話をポケットから取り出してパカっと開く。若葉のと同じ二つ折り携帯だが、細部のデザインが違った。同じ系列だが、筑紫の方が最新機種なのだ。二人は赤外線通信を起動させて、携帯のヒンジ部分に付いている赤外線ポートをお互いに向け合う。こうして若葉の携帯から筑紫の携帯へデータが転送される。
「おっし、来た来た」
 筑紫は嬉しそうに取得したデータを展開する。それはテキストデータで、若葉の打っていた文章が出てくる。その最初の部分を筑紫は口にした。
「第47話、嵐を呼ぶ大魔法つ…」
「筑紫ちゃんっ」
 若葉は慌てて筑紫の口を塞ぐ。顔は真っ赤だ。
「ゴメンゴメン」
 そう言って筑紫は頭をかきながら、今度は黙々とその文章を読んでいる。そんな二人の様子を教室の前から二番目の席に鞄を置きながら見ている少女が居た。長い黒い髪と整った顔が印象的な美浦梓という少女。他の女生徒と比べ群を抜いて大人びていて、勉強も運動も程よくこなせるので、男女に関わらず人気があった。しかし、梓本人は必要以上に他人と一緒にいる事は少なく、少なからず近寄りがたいオーラを放っていた。そんな梓に気安く声をかけてくる少女も居た。
「卯月がそんなに気になるの?」
 それは龍野優輝。高飛車でちょっとワガママ。梓とは別の意味でクラスでちょっと浮いている存在だった。だからか、梓には気兼ね無く声をかけてくる。
「別に……」
 梓は素っ気無く答える。優輝の事はあまり眼中に無いみたいに。それを優輝は気にしている様子も無かった。そうこうしていると、扉が開いて担任の若い女性教師が入って来る。名護桜。国語の先生だ。長い天然パーマの髪にモデルの様なスタイルで学校内でも人気が高い。
「皆さん、おはようございま〜す」
 桜は出席簿とテキスト類を教卓に置いて教室を見渡す。そして綺麗な黒板を嬉しそうに見上げ、くるりと振り返り、若葉の方へ笑顔を見せた。若葉は照れて真っ赤になる。そんなアイコンタクトを知らずに一人の男子が桜先生に尋ねる。
「先生、如月みるとのサイン、まだですかっ」
「彼女が今、売れに売れてて、忙しいって事はみんな知ってますよね。私だって半年くらい会ってないのよ〜」
 桜先生は寂しそうに言う。桜先生がアイドルの如月みるとと幼馴染で親友であるという事はクラスのみんなが知っている事だった。ロングホームルームの時間にみるとの話題になった時に桜先生自ら話したからだ。それで何人かの生徒にサインをせがまれたのだが、何ヶ月待ちという状況なのだ。
「さて、今朝のホームルームは連絡事項が特にありませんので、一時間目の国語の授業に入りたいと思います」
 と言う感じにその日の授業が始まって行く。
 
***

 休み時間、若葉は携帯で何かを黙々と打ち込んで、筑紫は自分の携帯の画面をずっと見つめている。それを梓と優輝が教室の前の方から見ていた。
「そういえば……たまにああいう風景を見るわね。何してるのかしら」
「……」
 梓は何も言わない。本当は気になっている癖にと、梓を難儀な性格だと苦笑いしながら、優輝は自分の席へと戻って行った。