おジャ魔女わかば
第49話「わかばのナイショ」
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「ウチ、思うんやけどな。あの先生、本当はこんな所で先生やってる場合じゃ無い人とちゃうんかな」
 若葉と並んで走っていた筑紫が小声で若葉に話し掛ける。若葉はそれに苦笑いで答える。走るので精一杯なのだ。本当は辛いのだけど、蘇雲先生の動きを見ていたら、それが少し忘れられる気がした。
「人間じゃ無いわ、あの人」
 優輝はぜいぜい言いながら走っている。生徒の中でトップを走っている梓は小さく呟く。
「自分のペースを維持すれば良い」
「さぁ、ラスト一周ネ。頑張るヨロシ」
 蘇雲が梓を後から追い抜いて行きながら言う。ちなみにこれで蘇雲とは二周差になる。優輝はお腹を押さえながら手を上げる。
「先生、気分が……」
「ん、龍野、どーしたカ。そんなの気合で吹っ飛ばすヨ」
 クルッと後を向いて、優輝の顔を見、後ろ向きに走りながら蘇雲は告げる。優輝は半ばキレながら言う。
「無理ですっ、死ぬって」
「死んだらあかんネ。それじゃ、保健室行ってくるヨロシ」 「私、保健委員です。連れて行きます」
 見学していた生徒が蘇雲に言う。
「おっ、何て都合の良い。頼むヨ」
 何気に感心しつつ、蘇雲はその生徒からストップウォッチを貰って、計測役を引き継いだ。

***

 体育を見学していたのは鈴宮根音(ねおん)と言う、優輝とは仲の良い生徒だった。根音は保健室には向わず、教室の方へ向う優輝に不思議そうに付いていく。優輝は仮病を使ったみたいだ。
「どうする気?」
「ちょっと気になる事があるのよ」
 と言う優輝に根音は首を傾げる。
「卯月と蒼木。二人で何かコソコソ隠れてやってるのよね〜」
「そんなの誰にでもあるでしょ。現に今だって、私達、コソコソと」
 根音はそんな事かという感じに言うが、優輝はムカッと来て反論する。
「でも、隠されたら気になるでしょ」
 と言いながら優輝は教室の扉を開いた。体育は二組合同で行われる。男子は奇数組の教室に集まって着替え、女子は偶数組の教室で着替える。優輝達4組の教室は女子の着替える教室になっているのだ。教室内の机の上には各自、脱いだ制服が置かれていた。その机の中を窓際の方へ進んでいく優輝。若葉の席の前で優輝は根音に言う。
「あなた、卯月と同じ機種だったわよね」
「そうだっけ……あ、一緒だ」
 優輝が若葉の制服のポケットから取り出した携帯電話を見た根音は初めてそれが自分の使っている機種と同じと気付く。
「よく、そんなの知ってたね」
 思わず根音は感心してしまう。優輝は根音に携帯を手渡して言う。
「この中に何かある筈なのよ。調べてみて」
 言われて、乗り気はしないが、仕方なくという感じに根音は携帯の電源を入れた。起動画面が液晶に表示され、しばらくすると、ナマコみたいな生物が写っている水中写真が設定されている待受画面が表示される。根音は慣れた手付きでメニューボタンを押してみるが……。
「駄目みたい。ロックされてる」
 根音は優輝に告げた。画面には四桁の暗証番号を入力する画面が表示されていた。この番号を入れないと操作出来ない様に設定してあるのだ。
「何よそれっ」
 優輝はイラっとくる。思いどうりにならず若葉のくせにって感情だった。しかし、ふと思い出す。若葉がデータを筑紫の携帯に転送していた事を。
「そうだ、蒼木の方にも……」
 と言いながら、若葉の一つ後の筑紫の机をあさり始める。そして携帯電話を見つける。
「一つ新しい奴だけど、基本は同じよね、出来るわね」
 と言いながら、開いて根音に渡そうとすると、その液晶画面が目にとまる。
「何これ?」
 画面にはビッシリと文字が並んでいた。何かの文章だ。
「文字……メール画面じゃ無いわ。これってケータイ小説じゃ」
 覗きこんだ根音が言う。根音は画面に開かれていたファイルを閉じてみると、テキストファイルがたくさん並んでいる画面になる。
「たくさんあるわ」
「全部、こっちに転送出来て?」
 優輝は自分の携帯電話を取り出して言う。
「そりゃ、私のと通信できるんだから、これともいけると思うけど……これって泥棒にならない?」
「コピーするだけよ。無くなりはしないわ」
 優輝は強引に押してくる。根音がごねていると、優輝はヒステリックに言う。
「良いからやるっ!」
 渋々、根音は筑紫の携帯を赤外線通信モードにして、そこにあったファイルをまとめて転送した。
「一体、何なのかしら」
 呟きながら転送が終るのを待つ優輝。転送が終ると、優輝は自分の携帯を手に根音に言う。
「保健室に行きますわ」
「はいはい」
 根音は呆れた感じに優輝を保健室へ連れて行く。

***

 体育の時間を終えて、若葉達は教室に戻って来た。
「まだ一時間授業があるんよねぇ」
 筑紫は6時間目の英語の授業の事を思い出し、気が重たくなっている。
「体育の後の授業は眠いからね。それも給食後だし」
 若葉は苦笑いしながらそう言って、自分の机に辿り付く。良くわからないが違和感を感じた。微妙に制服の置き方が違っているのだが、そこまで細かく憶えていなかったので、まぁ良いかと、若葉はさっさと着替えを済ます。そしてブレザーの内ポケットの携帯電話を取り出して開く。
「あれ?」
 電源を落としていた筈なのに何故か待受画面が表示されたのだ。
「どないしたん?」
 筑紫が後から覗き込んでくる。若葉は説明すると。
「急いでたから、消し忘れたんとちゃう?」
「そうかな?……0555エンターっと」
 若葉は暗証番号を呟きながら入力してロックを解除する。 「何よ、その番号……うちの携帯は……ん?」
 若葉に笑って見せ、筑紫は自分の携帯を見て首を傾げる。良くわからないが違和感があったのだ。

***

 6時間目の英語の時間を優輝は保健室のベットで過ごしていた。何だかんだと仮病を演出して寝かせてもらったのだ。その間、こっそりと携帯を弄って、さっき転送したデータを見ていた。
「これって……あの二人が書いた小説? それに出てくるキャラクターが……」
 優輝は若葉の書いている小説を読み進めていた。それに出てくるキャラクターには身近な人物としか思えない者が多く、その内、自分も出てくるのでは無いかと。