おジャ魔女わかばθ(しぃーたっ♪)
第1話「わかばの新学期風雲編」
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 桜の花びらが舞い落ち、水面に小さな波紋を刻む。その波紋に歪められた水面に緑のツーテールが跳ねている。川沿いの1本道を、焦げたクロワッサンをくわえた少女が必死に走っていた。
「まるで、漫画の主人公だよ〜」
 漫画やアニメでありがちで実際にはありえないだろうってシチュエーションに少女は苦笑いしてしまう。
「…んぐんぐ…新学期そうそう遅刻はヤバイバぁ〜…んぐんぐ」
 困ったように叫んでは食べの繰り返し。少女はこの物語の主人公、桂木わかば。ちょっと内気な今日から小学5年生。
「…それにしても、まさかラストで大神さんがパリに行っちゃうなんて〜」
 感慨深げに呟く。寝坊の理由は夜更で、わかばは今朝方クリアした恐怖の13分岐恋愛シミュレーションゲームの結末を思い出しているのだ。ちなみに前作のデータを引き継ぎ、主人公とパリのサーカスの少女をくっつけてクリアしたとのこと。わかばは残りのクロワッサンを口に押し込んで…「ブゥーストッオンッ!」と小さく叫んで、一気に加速をかけた。その後、わかばはダッシュで学校へ続く心臓破りの坂道を駆け上がっていった。しかし、そんなに甘くは無く、三分の一登った辺りでヘタってしまう。

 なんとか学校に辿り着いたわかばは、肩を動かす程にきれている息を整えて、ラストスパートと校舎内の階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。そして駆け込み乗車の如く教室に飛び込んだ。
「やったぁ〜、セーフっ!」
 肩で息をするわかばは教室を見渡した。春休み前と教室は同じだが、何故か雰囲気が違う。その原因は知らない人ばかりだから…いや、一人知り合いを見つける事ができた。その人物がわかばの方へ駆け寄ってくる。みかん色の髪を引きずって。
「わかばさん、どーしてここに?」
「ウララちゃんこそぉ」
 彼女は椰下ウララ、わかばより一つ年下の友達だった。彼女は今日から小学4年生。わかばは気が付いた。今日は新学期、進級し、今日から違う教室を使うことになるのだ。とんだ失態にわかばは顔を真っ赤にして教室を飛び出た。そんなわかばの背中にウララが声をかけた。
「5年生はクラス替えだよ」
 わかばはウララに手を振って、さらに階段を駆け上がっていく。5年生は4年生より一階上なのだ。そしてウララの言葉でわかばはクラス替えの事を思い出すのだった。

 3階の廊下に踊り出たわかばは、4つある各教室の前に貼り出されたクラス発表の張り紙を1組から順番に見ていく。すでに廊下に人影は無く、朝のHR前でみんな教室に入っていた。
「…かえでちゃん、1組、香川先生なんだ、私は何組〜」
 親友の川井かえでの名前を1組に見つける。そこに自分の名前は無いので違うクラスなのだと言う事に軽いショックと不安を感じていた。かえでとは1年から4年までずっと同じクラスだったからだ。二つ目の教室に急ぐわかばは、3人の児童を引き連れてやってきた男性教師に声をかけられた。
「桂木さん、どうしたんですか」
「香川センセ…そ、それに!」
 香川先生とわかばは言葉を交わした。でも、わかばは香川先生の後の児童、すなわち転校生に釘付けだった。青いはねっ毛の転校生はわかばにウインクし、わかばは手を振って答えた。青毛の少女の後ろを群青色の髪を二つに束ねた少女が俯いてついていく。その後ろは白い髪の少年が落ち着いた様子で続いた。
「桂木さんは2組、弥生先生のクラスですよ。じきにホームルームが始まります、早く行きなさい」
 1組の教室の扉に手をかけようとした香川先生は、その手を戻して眼鏡をかけ直し、わかばにクラスを教えた。
「は、はい」
 わかばは答えながら、隣の教室に飛び込んだ。わかばが教室に消えた直後の廊下、同じく転校生を一人引き連れた若い女性教師がやってきた。
「…今年は大漁ですね」
 香川先生は苦笑いを浮かべ声をかけた。彼女は2組の担任で弥生ひなたという。
「フフっ、そうですね…あなたはしばらくここで待っていてね」
 そう言って転校生達を廊下で待たせて、両教師は教室に入って行った。弥生先生が連れていた転校生、黒髪の少年はムスッとした表情を隣の教室前に立つ白の少年に向けた。白の少年があからさまに無視した態度をとるので黒の少年は思いっきり睨みはじめた。こんな二人に青毛の少女はため息をついてしまう。

「かえでちゃんとクラス別になってどうしようかと思ったけど…ゆうきちゃんが一緒でわかば感激だよぉ〜」
 わかばは人見知りな性格で仲の良い友達は少なかった。学校で一番の親友であるかえでと離れて、少し凹んでいたのだ。龍見ゆうきは茶髪の地毛をかきあげた。
「そろそろ、席に戻らないと、弥生先生がくるよ」
 ゆうきは素っ気無く言い放った。わかばは嬉しそうに頷いて離れて行った。
「あの子、ゆうきの性格わかってるみたいね」
 ゆうきは後ろから声をかけられた。素っ気ないのは照れ隠しと言いたげだった。
「ねおん…わかばなんて、まだまだ未熟よ、あんたほどじゃないわ」
 後の席の少女“鈴村ねおん”に、そう言ってゆうきは笑みを見せた。二人は幼い頃からの付き合いだった。

「は〜いっ、注目っ。私がこの2組担任の弥生ひなたです。よろしくね」
 教壇に立つ、二十代前半の容姿の幼い印象を受ける教師が自己紹介した。
「で、突然ですが、転校生を紹介します。黒岩、入ってきて」
 と言うと、教室の扉が乱暴に開き、目つきの悪い少年がダルそうに入って来た。
「自己紹介お願いね♪」
 と言う先生の言葉に転校生の男の子は小さなため息をもらして、ゆっくりと口を開いた。
「…俺の名は黒岩翔。あまり俺に関わらない方がいい。以上」
「く…黒岩君、それが自己紹介の挨拶ですか?他に言うことはない?」
 さすがに弥生先生は困ってしまった。
「ない。わかば、これでいいんだろ」
 と言い、翔は突然、わかばに確認する。いきなり、転校生とわかばが繋がった事に教室の児童達が騒ぎはじめる。一瞬でいろんな憶測が飛び交う。注目されるのが苦手なわかばは真っ赤になっている。
「はーい、そこまでそこまで。ま、黒岩君の事はおいおいという事で。んじゃ、黒岩君は一番後ろの空いてる席についてね。教科書を配るわね」
 と言って、弥生先生は教科書を配りだした。翔は自分の席に向う途中、わかばを不思議そうに見つめる。わかばはまだ、真っ赤にで小さくなっていた。