や〜っと!おジャ魔女わかば
第2話「湯煙のむこうへ」
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 黄緑色の魔女見習服の名古屋さくらは自慢のウェーブヘアをなびかせながら、箒で魔女界の鮮やかな空を飛んでいた。その顔は何か考え中を思わせる、難しい顔で、時々、考えに没頭しすぎてバランスを崩すようで、その飛び方はフラフラとしたものだった。
「次の魔法堂ツアーは何をしようかしら……」
 さくらが考えていたのは星の海の旅行を人間に提供するトラベル魔法堂の次のツアーの事だった。ツアーの原案を考えるのはコーディネーターを買って出たさくらの仕事だった。さくらふと、思案を止め、目を下ろすと、そこにマジョハートの診療所を見つけて、何気なく降りていく。そして何気なく中に入って行く。
「あっ、さくらさん、如何しましたか?」
 水色のナース服の雪娘の深雪が尋ねてくる。
「ん〜〜、時々、この消毒液の香りを嗅ぎたくなるっていうか…ほら、身を清めてくれるみたいで…」
 さくらは自分でも変な事を言っているなと思い、苦笑いしながら深雪に告げた。
「えっと〜」
 深雪はおどおどしている。さくらに対してどう対応して良いのか分らないのだ。
「あっ、ごめんなさい。診察じゃ無いの、本当にふらっと立ち寄って見ただけなんですの」
 さくらは済まなさそうに頭をさげる。さくらにしてみると、ここに次のツアーのヒントを求めてもいた。すると奥から声がする。
「バカもーん!病院は遊び場じゃないだろうがっ!」
 さくらは一瞬、マジョハートの雷かと思って、ビクッとするが、その怒鳴り声はどこか、作った声を思わせ、何より軽い印象を受けた。さくらはニコっと笑って、その奥の方へ歩き出した。そしてカーテンの向うの小部屋を覗き込む。
「安心するね、マジョハートは今、留守ネ…っていうか、バレバレみたいネ」
 そこには薬を調合中のピンクのナース服の蘇雲が居た。さっきの声は彼女の悪戯だった。さくらは悪戯に対しては何も言及せず、蘇雲の手元を興味深げに見つめる。それに気付いた蘇雲は答える。
「あっ、これ…あずさの治療用の温泉の素作ってるネ。奥であずさが待ってるから、急いで作らないとならないネ〜」
 蘇雲は何種類かの粉末を電子秤に乗せ、重さを計り、混ぜ合わせている。さくらは秤の表示を見ながら、コンマ2桁まで重量を調整している蘇雲に感心してつつ、さらに奥のカーテンを見つめながら呟いた。
「温泉…あずささんが待っている…」
 さくらはゆっくりカーテンの前まで歩み寄り、カーテンに手をかけた。その目は何かを期待するかのように輝いていた。
「温泉♪」
 さくらはカーテンを少し開いて顔を覗かせる。
「さくら…さん?」
 あずさが居た。最高の笑みを見せるさくらに対し、あずさはどう対応して良いのか困っている。さくらが視線を落とすとそこにはお湯を張った洗面器。そして星ワンピース姿のあずさ。魔女見習い服の上着を脱ごうとしていたさくらは苦笑いを浮かべる。
「…温泉って、手だけですわよね〜〜」
 さくらは頬を赤くして、あずさの隣に腰をかけた。そこに出来た温泉の素を持った蘇雲が入ってきた。
「さくら、何、期待していたネ。…魔法でワタシ達、小さくなれば、洗面器も立派なお風呂になるヨ」
「それですわ!」
 さくらは早速、自分のスターポロンを取り出していた。

 翌日、虹宮の魔法堂の2階の会議室。新しい魔法堂もやはり2階は会議室が設けられていた。そこにオーナーのマジョミカ、妖精のキキ、月影かぐら、蒼井つくしの4人で会議が行われていた。
「なるほど、18歳未満の参加者は、親の承諾書が必要って事やな」
 つくしは渡されたプリントに目を通しながら言う。
「他にもいろいろ、ややこしい事が書いてあるね、マジョミカ」
 かぐらがマジョミカに言う。
「ああっ、参加前に参加者に承諾して貰う誓約書じゃ。この前はそれ無しに決行してしまったが、何かあっても当方は何の責任は無いという事を知らしめる為のじゃな…」
「まぁ、万が一の場合でも“何か”なんて絶対に起こらないようにしないといけないのは、私達の義務だけどね」
 マジョミカとキキは誓約書について説明する。かぐらとつくしは頷いて答えた。
「ところで、次のツアーの企画はどうなって…」
 マジョミカの言葉の途中で、会議室にさくらが飛び込んできた。
「次のツアーはこれですわ!」
 さくらは企画書をマジョミカに突きつけて言う。妙にテンションが高い。
「お…温泉ツアーじゃとぉ〜」
 その表紙を見るなり、マジョミカは歓喜の声をあげた。
「良いじゃないの〜それぇ〜」
 キキも躍りながら言う。二人は温泉マニアらしい。
「温泉の星なんてあるの?」
 かぐらが尋ねる。さくらは自信満々に答える。
「それがありましたのよ、蟹座さんの近くに〜♪つくしさん、早速、下見に参りましょ♪」
 さくらはつくしを連れ出して船の方へと向う。
「かぐら、わし等はツアーの準備じゃ」
 マジョミカは企画書を見ながら言う。かぐらも頷いて動き出した。

「魔法堂の次のツアー、いつ発表になるんだろうな〜。もしかしたら、もう店の前の掲示板に告知があるかもっ」
 走り出そうとするツンツン頭の少年・五條風雅を茶髪の少年・津川明人が押える。
「落ち着けって」
 二人は小学校の近くを流れるシュク川の上流の橋の上で話していた。
「それにしても、あんなにも俺の知らない子が居るなんて…侮れないぜ、魔法堂。そぉちゃん、如月みるとちゃん、そしてコクピットに居た、フランス人形の様に清楚な子…みんな、俺の彼女にしてやるぜぇ〜」
 妄想炸裂中の明人に風雅は溜息をつく。
「でも、よくコクピットまで覗いてるよな…」
「ああっ、あの子の名前がわからないのが心残りだ。次のツアーでは必ず聞き出して…」
 一人、燃えている明人は背後から声をかけられた。
「たぶん、名古屋さくらさんだね、その人」
 橙のフワフワした髪を背中で二つに束ねた、無邪気でかわいらしい印象の少女だった。
「椰下っ、どーしてそれをっ」
 彼女は椰下ウララ。風雅達のクラスメートの女の子だった。ウララは突然、風雅の首に手を回しぶら下ってみる。風雅は女の子に触れられるとカチコチになってしまう体質で、動けなくなった風雅をウララは面白そうに見つめていた。明人はそんなウララに問い詰める。
「椰下、教えてくれよ」
「ウララ、喉渇いたっス」
「なんですとぉ〜!」
 明人はウララを連れて、自販機を探しに行く。ウララが離れた事でカチコチになっていた風雅が解凍されたように動き出す。
「…焦ったぁ」