や〜っと!おジャ魔女わかば
第8話「勝利への方程式」
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 それは、今、考えても不思議な出来事でした。事の発端は、虹宮トラベル魔法堂の『鏡の星で大冒険ツアー』の帰り道でした。私、月影かぐらはいつもの様にガイドとして客室でお客さんのお世話をしていました。すると…。

“バンッ”
 鉄板に何かがぶつかる音が船内で響いた。旅客船ツインメダルシャーク号の客室でガイドをしていたかぐらは慌てて音の確認に向かった。そこで、かぐらが見たのは…。何か物凄い力でひしゃげて原型を留めていない医務室の扉。その扉の前の通路で座り込む形で気を失っている常連客の少年…津川明人。そして医務室に中で、上段蹴りのポーズをとっているこの船専属の医師、ナース服を着ている魔女見習いの李蘇雲の姿があった。
「そぉちゃん?」
 かぐらは呆然と呟く。この状況から、想像出来る事は唯一つだった。
「いや〜、ついやってしまったネ」
 蹴り上げていた足を下ろして、蘇雲は照れながら言う。そこに客室から明人の親友で同じく常連客、五條風雅がやってきて、尋ねる。
「明人のやつ、まだ具合良くないんで……」
 尋ねながら、床で気を失っている明人を見て、風雅は言葉を失った。
「とにかく、明人君を医務室に運ばないとっ」
 そう言って、かぐらは明人の上半身を持つ。すかさず、風雅が下半身を持ち上げて、二人で明人を医務室のベットに寝かせた。
「…あの、明人が何か迷惑を?」
 風雅は済まなさそうに言う。壊れた扉、倒れている明人、そしてかぐらと蘇雲の態度から、いろいろ想像してしまったのだろう。
「私もやり過ぎたと思っているヨ。すまないネ……実は…」
 そう言って、蘇雲は話し始めた。
「この子ネ、また船酔いとか仮病使ってここに来たヨ。追い出してやろうかと思ったんだけど、この子、熱心に私のムネを見つめていたヨ」
 蘇雲の話にかぐらと風雅は興奮したように声を合わせて言う。
「さっ…触ったのっ!」
「違う違う、触られていないヨ。もし触っていたら、この程度じゃすまないヨ。キャメルクラッチで真っ二つに折りたたんでやるネ」
 かぐらと風雅は、それがどんな技かは知らないが、背骨を折られた明人を想像して苦笑いする。そんな二人にお構い無く蘇雲は続ける。
「この子は言ったヨ。『そぉちゃんって、結構、胸あるんだね…ん〜そうだな、何カップくらいだろう』とナ」
 つまり明人は蘇雲の胸の大きさの予測を始めたのだった。その結果が蘇雲を怒らせた事になる、かぐらと明人は、それぞれまさかと思い尋ねてみる。
「明人君の予想が大きすぎたの?」
「明人の予測が小さすぎたとか?」
 しかし、蘇雲は首を横に振る。そして照れながら言う。
「ピッタリだったヨ。あまりにもピッタリでハラ立ったネ。気が付いたら、蹴り飛ばしていた訳ヨ」
 かぐらと風雅は、やはり苦笑いするしか無かった。その日は結局、明人は目を覚まさず、風雅が明人をおぶって帰って行った。

「しかしな、常連客を蹴り飛ばしたらアカンやろ」
 ツアーが終了して後片付けも終わった頃に蒼井つくしが蘇雲に声をかけた。
「平気よ、それでも、あの子はこれからもツアーに参加するネ」
 蘇雲はまったく悪びれた様子も無くさらっと言う。かぐらも明人はこんな事を気にする子じゃ無いと思っていたが、少し、どこかで心配があった。
“明日、学校で私から謝っておこうかなぁ”
 魔法堂の3階の自室でかぐらはそんな事を考えながら、眠りについた。

 翌日、虹宮北小学校。かぐらは休み時間に一階下の5年生の教室にやって来た。
「おいっ、風雅、月影さんが来たぞ」
 教室の入り口に姿を見せたかぐらに気付いた明人が後の席の風雅に言う。風雅は少し照れながら、どうして良いのかわからないという感じに視線を逸らしていた。同じクラスの女子で、魔女見習いの椰下うららはかぐらに気が付いて駆け寄って声をかけている。
「かぐらちゃん、どうしたの?風雅に用事?」
「ううん、明人君に話があって…」
 予想が外れたうららは首を傾げながら、明人を呼んだ。
「えっ、俺っスか?」
 明人は意外そうに立ち上がって、かぐらのいる教室の入り口の方へ向った。それを見ながら、風雅はがっくり落ち込んで呟く。
「何でなんだっ、何で明人なのっ」

 かぐらは明人を教室の外の廊下の突き当たりまで連れて行き、そこで頭を下げて言う。
「あの、昨日はごめんなさいっ。そぉちゃんが…とんでもない事を…」
「昨日?」
 明人は首を傾げながら慎重に思い出していく。昨日、魔法堂のツアーに参加してその帰りに蘇雲にアタックに行って……蘇雲の足蹴りが高速で迫ってくるイメージの次の記憶は今朝の出来事だった。明人はやっとかぐらの言うとんでもない事を理解したが…。
「いや、凄い蹴りだね〜。でも、それで、なんで月影さんが謝るの?」
「そ、それは…こういうのは早い方が良いかなと…そぉちゃんはここにいないし…」
 かぐらは必死に説明する。明人はそんなかぐらを見つめながら、何か思いついたのか、ニッと笑う。そして…。
「いくら、謝ってもらっても、俺の痛みは消えないしなぁ…特に心の傷は」
 明人はわざとらしく言う。でも、かぐらは真に受けて必死に言う。
「わ…私に出来る事なら何でもするから…完全には消せないかもしれないけど…できることはっ」
 あまりにも必死なかぐらに明人は焦りながらも、確認するように続けた。
「何でも…だね」
 かぐらは重々しく頷く。明人はかぐらに告げた。
「それじゃ、そぉちゃんのメアド教えて欲しいっ」
 その内容にかぐらは拍子抜けしてしまう。そして言われるがまま、蘇雲のメアドを明人に教えた。明人はそれをこっそり学校に持ち込んでいた自分の携帯に登録する。
「それじゃ、この話はこれでおしまいね。俺、全然怒っていないし、傷ついてもいない。魔法堂のみんなも大好きだから、そんな顔しないでっ」
 明人は爽やかにそう言って、教室に戻って行った。かぐらはしばらく意味が理解できずキョトンとしていた。