や〜っと!おジャ魔女わかば
第9話「ライバル現る!」
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 神戸の少し山手にある大学のキャンパス。そのキャンパスは奥へ入るほど古びた建物が多くなる。そんな建物の多くは工学系の学科の施設だった。ちなみに正門に近い手前の真新しい建物達は文系の学科の施設だった。そんな大学の奥の建物の小さな教室に20人くらいの学生を相手に講義をしている若い講師がいた。
「じゃ、今日やった分のレポートを期日までに提出よろしくね。それから、レポートは式や数字の羅列じゃ無くって、文章を、日本語を書くようにしてくれな。じゃ、今日は終りっ!」
 講師はそう言って、テキストを閉じた。学生達はざわざわと席を立ち始め、教室を出て行く。深緑の短髪の学生が教壇の講師の所へやってくる。
「黒兄、お疲れ」
「よーちゃん、マスクウェルの辺り寝てただろっ」
 二人は親しげに言葉を交わす。学生は桂木葉輔。わかばの兄だった。そしてこの講師は黒谷圭一。葉輔の父、桂木貴之の研究機関で彼の助手をしていた男だった。黒谷は良く、桂木家にやって来て、葉輔やわかばと一緒に遊んでいたので、二人は顔なじみで“黒兄(くろにぃ)”と“よーちゃん”の関係だった。
「でも、焦ったよ、4月からここで講師やってるなんて…てっきりMG社に残るんだと…」
「僕は…桂木博士を人間としては考え方は合わなかったけど、研究者としては尊敬していた。MG社も僕に博士の研究を引き継がせようとした…けど。少し時間が欲しかったんだ。だからMG社を辞めたんだけど…縁は完全に切れない自分って言うのも思い知ったよ。それでここで非常勤で講師してるのは、高橋教授のツテなんだ。それにどうせ講師するんなら、よーちゃんが在学中の方が面白いしね」
 黒谷はニッと笑う。
「俺が嫌がるのを面白がってるなぁ〜」
 葉輔にとって黒谷はほとんど身内も同然。身内の授業を受けるのは何かこそばゆかったのだ。黒谷もそれを知って、ここにやって来た感じだった。
「これから、高橋先生の所、行くの?」
「いや、講師控え室でくつろぐよ。あそこは快適だからね」
 葉輔は足場も無い程散らかった高橋教授の研究室を思い出して苦笑いした。あそこは快適じゃ無いな…と。教室を出ようとした二人は、外でスーツ姿の男性が待っているのに気が付いた。スーツの男は黒谷を見て頭を下げた。
「よーちゃん、ゴメンな、ちょっと客きてるわ」
 黒谷はそう言って、葉輔に手を合わせて、男の方へ小走りで向って行った。スーツ姿の男はMG社の企画開発部の金谷こういちだった。

 黒谷と金谷は大学を出て近くの喫茶店に入った。お互い、飲み物を注文した後、金谷は書類を黒谷に手渡して話し始めた。それは何かの企画書のようだ。
「おかげさまで、今週末から業務を開始出来そうです」
「話をもらった時は、何を無茶な事を…って思ったけどね。でも、博士の研究の利用法としては、一番良いのかもしれない」
 黒谷は笑いながら答える。そして真剣な顔を見せて言う。
「でも、本当にあの穴に入るのかい?」
「はい。あの先には我々のしらない宇宙が広がっています。我々はあの穴をスターホールと呼んでいます」
「確かにあれは元々、小型のブラックホールの様な物だった。その先に宇宙があってもおかしくない。で、金谷君…頼みがあるんだが」
「はい。わかってます。あなたがあの船の設計をしてくれたのは、その為ですからね」
「お願いします。可能性は限りなく低いかもしれないけど…。わかばちゃんが起きた時に、何らかの情報をあげたい」
 黒谷が口にしたわかばと言う名前に、金谷も思いを馳せていた。思いは二人とも同じようだ。
「できれば、黒谷さんにも、初回日に参加してほしいのですが…」
 金谷はチケットを手渡しながら言う。黒谷は苦笑いしながらそれを受け取る。
「えっ…いや、どこへ連れて行かれるのかなって」
「今、調査中なんで、その調査しだいですね」
 金谷の答えに黒谷はチケットの文面を読みながら呟く。
「なるほど、それで別に客寄せで、これかい?」
 それに金谷も苦笑いする。
「それは上の命令ですから」

 MG社の地下の巨大な穴、スターホールと名付けられたその穴の入り口付近に銀色の飛行船が繋がれていた。
「これが、EXPドライブっていう極秘技術で動く飛行船なのね。よくこの短期間に完成できたわよね」
 企画開発課課長の草馬皐月が飛行船に乗り込みながら呟いた。飛行船のコクピットでは数人の作業員が作業している。
「草馬さん、これからテスト飛行に入ります、よろしいですか?」
 作業員の一人が尋ねる。
「ちょっとまって、部下がもう一人、来ますんで…」
 しばらくして金谷がこのコクピットに駆け込んできた。
「遅れてすいません」
 草馬は金谷の顔を確認して作業員に告げた。
「お願いします」
 動き出した飛行船はゆっくりスターホールを降りていく。作業員が呟く。
「飛行っていうか、降下ですよね…」
「未だに信じられないわ。こんなものが自在に飛べるなんて…」
 草馬は疑問げに尋ねる。金谷はそれに答えた。
「EXPは人間の体内に隠されているという未知の力。そのEXPに反応し動くシステムがEXPドライブ。でも極一般的な人間のEXPは小さく、ドライブを起動させるまでのエネルギーは持っていないそうです」
「行方不明になっている桂木博士の理論ね。でも、動かないって事でしょ、それじゃ」
「中には大きなEXPを持っている人間もいるから…」
 金谷は言い難そうに言う。
「ふーん。金谷君は前の職場でそーいうことやっていたんだ。で、これはどうやって動いているのよ、だれかEXP保持者がいるの?…あなた?」
 草馬は疑問をどんどん投げかけてくる。彼女はこの技術を使った商売を任されているのだ、当然といえば当然だろう。
「EXPドライブの核になるEXPクリスタルはEXPエナジーを作り出しています。ドライブはこの内部からエナジーと人間の持つエナジーとの相乗効果で高いエネルギーを得ています。でも、どちらかが欠けると、そのエネルギーは得られないのです」
「だから?」
「桂木博士の助手だった黒谷氏はEXPクリスタルからのエナジーを擬似的に人間の持つエナジーに変換する装置を作って、それとEXPドライブを掛け合わせる事でエネルギーを得ている」
「それって何気に凄い事じゃ無いの!」
「まだまだ、不安定なんですよ」
「えっ…それって大丈夫なの?」
 草馬は嫌そうに呟いた。しばらくすると、EXP飛行船のコクピットの窓の外の空間が無限に広がる。スターホールを抜けたのだ。草馬は目を丸くして驚いている。