や〜っと!おジャ魔女わかば
第14話「金と銀の衝撃!嵐の妖精対決」
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 白く塗られた長い廊下をとぼとぼと重たい足取りで歩いていく少女が一人。青い髪を肩の辺りで二つチョコっと結んでシッポの様にしている。そのシッポは元気の無い犬の様にしょぼんと垂れ下がっているみたいだった。彼女の名前はカグラ・エイプリィ。後に月影かぐらと名乗る少女の6歳の時の姿だった。

■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

「………ふぅ」
 魔法文字で職員室と書かれた札のかかっている部屋の前でカグラはため息をついた。ここは夜空に浮ぶ月にある小さな魔女界、6歳になった月魔女の子供が通う魔女学校だった。入学してまだ一ヶ月も立っていないのだが、突然、カグラはクラス担任の教官魔女から放課後に職員室に来るように告げられた。意味もわからず呼ばれると不安だ。
“ガラガラガラ〜”
 突然、職員室の引き戸が開いて、中から橙色の髪の少女が出てきた。
「パルナちゃんも…なの、何だったの?」
 カグラは自分の不安を紛らわすように尋ねる。出てきたのはカグラの親友のパルナ・メィリィだった。パルナはこの頃のカグラの唯一の友達だった。カグラを育てた月魔女マジョルゥは旅人であまり一つの場所に長く住む事は無かった。元々、月魔女の数はそんなに多くは無く、ほとんどが唯一の都市ルナトピア内に住んでいるのに、マジョルゥは都市部から遠く離れた誰も居ないような荒野を転々としながら暮らしていた。そんな生活を続けていたので、カグラにはあまり友達は出来なかったのだ。マジョルゥとカグラはカグラが魔女学校に入る半年ぐらい前にルナトピアに引っ越してきた。カグラの入学準備等の為だった。その時、隣に住んでいたのがパルナ親子だったのだ。元々面倒見の良いパルナは、すぐにカグラと友達になった。ここの魔女学校は全寮制で、カグラを学校に預けたマジョルゥはすぐに旅に出てしまったという事だった。
「パルナちゃん?」
 パルナからの返事が無いので、カグラは不思議そうに首をかしげてパルナの顔を覗き込む。パルナは目を逸らしてカグラを拒絶した。その雰囲気にカグラは刺された様な感覚を憶える。パルナはそのまま、早足にカグラの前から離れて行った。カグラはそんなパルナの背中を切なそうに見つめ、不安な気持ちをさらに大きく膨らませながら、職員室の扉に手をかけた。

 カグラが職員室に入ると、担任の教官魔女が居て、奥の会議室の様な場所に連れて行かれた。そこには6人のかなり高齢の魔女達がカグラを見下ろすように見つめている。みんなマントと同じ黒いフードを深くかぶり、顔をうかがう事が出来ない。カグラの後ろに立っている教官魔女は無感情に淡々と告げる。
「入学時の調査で6人追い越して、第一候補となったカグラ・エイプリィです」
“第一候補?”
 初めて聞く言葉にカグラは首を傾げる。老魔女の一人が擦れた声で言う。
「初期調査でトップだったアルテを大きく引き離してのトップ入りとは……本当に化けおったわ」
「マジョルゥはいったい、この子に何をしたんじゃ」
 老魔女達は口々に言う。そのかすれた声には感情すら感じられないくらい乾いてカグラには聞こえた。
「カグラさん、あなたは…この月の次の女王になるために生まれて来た特別な魔女なのよ」
 担任の教官魔女が事務的にカグラに告げる。カグラは突然の事で言葉が出ない。いきなり、月の女王になれると言われても、それは普通に育って来たカグラの認識の範疇を超えてしまっていたのだ。老魔女達はそんなカグラに辛い現実をたたき付ける。
“パチン”
 老魔女の一人が指を弾くと魔法が発動し、白い壁に何やら映し出される。そこにはカグラを一番上に、その下にカグラと同期で魔女学校に入学した月魔女の内の11人の少女の名前と顔写真、そして各能力をグラフにした物が表示された。その上から六番目に親友のパルナの顔があった。
「一人行方知れず故、この12人を競い合わせて、次期女王を選出する。お前は今、この中で最も魔力が高く女王に一番近い場所にいる」
「それは、下位の11人がいずれ、女王になる為にお前を潰しにかかってくるという事じゃ。お前はそれを蹴散らし、生き残るしか道は残されていない」
 逃れられない運命を突然告げられ、カグラは唖然として呟く。
「そんな…私…出来ないよぉ」
「…報告書通りの反応じゃのぉ。これでは潜在魔力がいくら高くても、戦う意思がなければ他の候補の良い餌食じゃな」
「我々とて、未来有望な女王候補をこの様な事で選考から脱落させたくは無い」
「そこで、特例として、お前に妖精の護衛をつける事とした。ゴル、シル、参られよ」
 月魔女が妖精をお供に付けるのは月から出て他の世界へ行く時のみだった。元々月の強大な魔力に包まれて暮らして来た魔女なので、外の世界に出ると使える魔力に制限がかかり、トラブルが絶えないらしい。そこでサポートと護衛を兼ねて妖精を付ける習慣があった。月の妖精は一般的な魔女界の女性型の妖精とは違い、男性思考でウサギの姿をしている。また、今では月魔女を護る為の訓練を施されたプロフェッショナルな集団となりつつあった。
「ゴル、シルっ!何故、姿を見せん!」
 呼んでいるのにいっこうに姿を現さない妖精に老魔女の一人がヒステリックに声を上げる。すると大人びた少年の様な声だけが聞こえてきた。
「我々は、この任務を拒否いたします。理由は後日書面にて…」
「相変わらずシルは硬いなぁ〜。つまり、こう言う事だよ、月妖精のトップエリートの俺達が何で女王になれそうにも無い能無しに付かないといけないのさって事。こんなお守りの任務は落ちこぼれのシロクロにでもやらせれば良いんじゃないの」
 これだけ言って声は聞こえなくなった。老魔女達は明らかに怒った様な態度でどうするか小声で話し合っている。カグラは声の少年達に自分を否定された事が悲しくて俯いてしまう。涙がポロポロと目から零れ落ちるのを止める事が出来なかった。そこに…。
『何ィ寝てるんじゃぁぁ!!』
 聞き覚えのあるドスの効いた声と共に額を突き上げられる感覚。同時に額に激痛が走る。驚いて、額を押さえながら辺りを見渡すとそこは…。