や〜っと!おジャ魔女わかば
第15話「戦わない海賊」
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「どうして戦わないといけないんですかっ」
 ミドリは思い切ってマジョランスに問う。マジョランスは簡潔に答える。
「私達が海賊だから」
 ミドリは何も言い返せず、唇を噛み締めていた。

***

 一人食堂に戻って来たミドリは壁に寄り添うようにうなだれる。
 ミドリの脳裏に悲しい記憶が蘇ってくる。

 黒い体に不気味な光を宿した異形の怪物。
 緑色の巨大な人型のマシンに乗るミドリと立ち塞がる黒い同系列のマシン。
 黒いマシンの中で爆風に晒されるミドリと同じ顔の少女。そして失意に暮れる黒髪の少女。
 血まみれの白衣のまま、漆黒の闇に堕ちていく父親の姿。

 一度に溢れ出す記憶に、ミドリは耐え切れなくなり、むせび泣く。これらはミドリがかつて、誰かを護る為と信じて戦いに身を投じた結果だった。だからこそ切実に感じていた。戦いは悲しみの連鎖を生むだけだと。
「駄目だよ……戦っちゃ」
 ミドリは何かを決意し、小さく呟いた。

***

 夕食時、ヘモーに連れられマジョランスは食堂に向かっていた。
「ストライキ?……ミドリが」
 マジョランスは信じられ無いと問い返すが、ヘモーは頷いて説明する。
「本当じゃ。食堂にバリケードを作って立て篭もっておる。要求は……」
「この艦の戦闘行為の禁止」
 マジョランスがわかっているという素振りで続けた。
「突破しましょう。魔法を使えば簡単です」
 ツカツカと苛立った足音で近づいて来たマジョレイピアが、それとは裏腹に淡々とマジョランスに告げる。
「それは乱暴ね。それより、私に良い考えがあるわ。協力してね」
 マジョランスは悪戯を思いついた子供の様な顔を見せてマジョレイピアに告げた。マジョレイピアは困惑しつつ、嫌な予感に顔を歪めていた。
「さてと交渉よ」
 マジョランスはそう呟き、今度は閉めきられた食堂の扉に向って声をかける。
「ミドリ……良いわ。全てあなたの言う通りにするわ」
「艦長、何をっ!!」
 マジョレイピアは流石にそれは無いだろうとマジョランスに確認する様に詰め寄るが、マジョランスはニコニコするだけ。あっさりと要求を受け入れられたミドリは扉の前に積み上げていたテーブルや椅子をどかし、ちょっことだけ扉を開いて、早々に顔を出してしまう。そんなミドリに対してマジョランスは笑顔だった。

***

 翌朝、ミドリは艦内のグリーフィングルーム(作戦室)で一人、マジョレイピアの講義を受けていた。講義内容は“魔女海賊の世界と魔法宇宙の現状”だった。
「魔女海賊にはランクがあるのよ」
 と言いながらマジョレイピアはホワイトボードに大きな三角形を描き始める。その三角形を三段に分けるような線を引き、上から順にABCと書き込んでいく。このアルファベットがランクを示している。
「マジョランス、マジョローズはこのAランク魔女海賊に区分されている。そしてその下にはBランクCランクと言う魔女海賊達が星の数ほどいる。彼女等は魔法宇宙で名をあげる為に上位ランクを目指している訳なのよ。ランクアップする為の手っ取り早い方法は上位ランクの者に勝つ事。自分はAランクに勝ったと言い、疑う者にはその力を見せ付ける。そうしていくうちに周囲にもその者のランクアップが認められていくという訳。まぁ、最初にランク付けを始めたのは魔女海賊を退治する側の海軍なのだけれどもね」
 元海軍に居たマジョレイピアは少し感慨深そうだった。ミドリは納得出来ずに尋ねる。
「どうして……そうまでして力を求めないといけないの?」
「Aランク、そしてその上、本当に極一部の選ばれた者しか到達できないSランクまで登り詰めると、レジェンドとして、この宇宙に語り継がれるのよ。みんな自分達の生きている証を残したいのかもしれないわね」
 マジョレイピアはそう説明しつつ、どこかスッキリしない顔をしている。ミドリは呟く。
「Sランク?」
「私も実際に見た事は無いわ。最近ではマジョスカールがそれに最も近づいた魔女海賊だと言われている。でも……。ミドリは前にマジョスカールに会ったのでしょ」
 マジョレイピアに言われて、ミドリは長い白髪に悲しげな瞳の美しい魔女を思い出し、同時に自分の両腕を摩る。
「Sランクになるという事は、何処かが壊れる事じゃないのかって……私は、そう思えてならないのよ」
 マジョレイピアは小声でそう呟き、ホワイトボードに描いていた図を消していく。
「少しは自分の置かれている現状が理解できたかしら? それじゃ、次に行くわよ」
 そう言ってマジョレイピアは部屋を出て行く。ミドリは複雑な思いを抱きつつ、後について行く。ミドリが連れられて来たのはブリッジだった。そこでは、ハンマーヘッドシャークの船員が全員集まっていた。ミドリは何事かと目を丸くする。マジョランスは艦長席の横に立ち、ミドリを誘うように告げる。
「今日からあなたがこの艦の艦長よ」
「ええっ」
 ミドリは驚きでそれ以上、何も言えないでいる。マジョランスは笑顔で続ける。
「昨日言ったでしょ、ミドリの言うとおりにするって。だから、あなたの思う様にこの艦を動かして星の海を駆けてみなさい」
 こうマジョランスに言われ、さっきまでのマジョレイピアの講義の意味をミドリは理解する。
「む、無理ですよっ」
 ミドリは焦って拒み始める。しかしマジョランスは意見を曲げない。
「船は艦長一人で動かせる訳じゃないわ。ここには優秀な戦術家、オペレータ、操舵士、医師と揃っているわ。みんなを信じなさい。そしてあなたのやり方を見せてみなさい。私はあなたの代わりにコックをしているから」
 そう言うとマジョランスは強引にミドリを艦長席に座らせた。マジョレイピアは当初は猛反対したであろうが、今は既に半ば諦めモード的な表情を見せていた。操舵士ビーンとオペレータ兼メカニックのグロウは“任せておけ”と言いたげな頼もしい笑みを見せていた。医師のヘモーは特に動じる事も無く成り行きを見守っている。艦長席にちょこんと居心地悪そうに座るミドリはマジョランスの狙いを考えていた。魔女海賊を知り、この世界での戦いの必要性を認めさせようとしているのだとミドリには思えた。それが分かる以上、ミドリとしては戦ってはいけなかった。戦いは回避しなくてはならないのだ。でも、それがどれだけ危険かわからない訳でも無かった。そんなミドリの考えを見透かしているのか、マジョランスは告げる。
「まぁ、無理ならレイピアが止めてくれるから、とりあえずやってみ」