おジャ魔女ひなた91
第1話「私が魔女ぉ!」
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「信号が赤の時は危ないの…渡ってはダメよ。取り返しのつかない事になってしまうかも知れないのよ…そしたら、みんなのお父さんやお母さんは悲しむでしょ」
 ひなたは優しく説明する。それに感化された児童達は、もう赤信号で渡らないと約束して、帰って行く。ななみと同級生の男子達はその一部始終を道路向うから見ていた。男子の一人、活発そうな少年、金谷こういちが呟く。
「弥生って…、どうしてあんなにルールとかにうるさいんだろう?」
「あら、カナゴン、ひなたみたいな子、ダメ?」
 ななみはケロッと返してくる。ちなみにカナゴンはななみが彼に付けたあだ名である。
「いや、べつにダメって訳じゃ無いし、弥生の言う事は間違っていないが…」
 カナゴン、いや、金谷は何故か照れてしどろもどろに答える。
「昔は、正義感が強いだけの子で、あこまで徹底してはいなかったんだけどね…あれ以来…ひなたにはああするしかない理由が出来てしまったのかもね」
 ななみは遠くのひなたを見つめながら独り言の様に呟く。周りの男子達は何て答えて良いのかわからず、気まずそうに黙り込んでいた。金谷は一人、首を傾げていた。

 ひなたはななみと別れた後、バスに乗って、虹宮中央病院にやって来ていた。そして病院に入り、慣れた足取りでエレベーターを使い、8階の病室の一つに入って行った。
「ここは…8階は高すぎて、ベットから桜が見えないね…ひかげ」
 ひなたは病室の窓際に行き呟く。その部屋には、ひなたそっくりの少女が寝かれていた。
「早く起きないと…桜散っちゃうぞ」
 ひなたは、寝ている自分そっくりの少女にゆっくり話しかけた。その表情は辛そうだった。

 ななみと男子達は、河原に手製の釣竿を持ってやって来ていた。
「ここで、鮎が釣れるのね♪」
「釣れへん釣れへん」
 ななみのとぼけた呟きに、周りの男子が突っ込みを入れる。
「でも、ここは自慢のスポットやから、おもろいもん釣れんで」
 と言いながら各々釣り糸を垂らしだす。ななみの隣で釣り糸を垂らしていた金谷が尋ねる。
「春名、さっき言ってた弥生の“理由って”何?」
「カナゴンは、5年の2学期に転校して来たから知らなかったんだったね」
 ななみはそう言って、遠くを見つめる目をして、ゆっくり口を開いた。

 今からちょうど一年前、ひなたは家族でドライブを兼ねた買物に出かけていた。その最中、見通しの悪い交差点で信号を無視して出てきた大型トラックと事故になって…。
「車は大破。運転席と助手席のご両親は即死。後部座席に乗っていたひなたは奇跡的に無傷だったんだけど、その隣に座っていた、ひなたの双子の妹ひかげは…一年経った今でも昏睡状態が続いているの」
「……」
 ななみの説明に金谷は言葉を失っていた。
「それで、原因になったルール無視に対して…」
 金谷はそれだけ言うのが精一杯だった。ななみはいつに無く真剣は表情で頷いた。

「それじゃ、早いけど…あたし帰るね。おばさん今日が〆切だから、たぶん修羅場になっていると思う」
 ひなたは返事の返ってこない妹に申し訳なさそうに手を合わせて、病室を後にした。

 両親を亡くしたひなたは叔母の元に預けられていた。
「ただいま〜」
 虹宮の山手のマンションの5階の一室に入って行く。ひなたが玄関で靴を脱いでいると30代前半の女性が飛び出してきた。彼女がひなたの叔母の梅崎陽子だった。
「ひなちゃん、早速で悪いんだけど…」
 いきなり手を合わせる陽子。ひなたは頷いて、荷物を置くと、机についた。
「こことここ、お願いね。イメージは、このメモに書いてある。後は任せるわ」
 すぐさま陽子は数枚の紙を持って来た。それはマンガの原稿だった。ひなたは慣れた手つきで、その原稿のマンガの背景を描き込んでいく。
「さっすが、ひなちゃん、風景画が上手いんだよね〜。本当にいつもゴメンね。叔母さん、売れっ子じゃないからアシさん呼べないのよ」
 陽子は感心と謝罪を同時に済ました。彼女は月刊誌に連載を持っている漫画家だった。
「…その様子じゃ、ひかげちゃんは、何も変わらずなのね」
 無口なひなたに陽子は呟いた。ひなたは頷くだけだった。陽子はそれを見て自分の机に戻り、ペンを走らせ始めた。しばらくして、電話のベルが鳴る。
“ジリリリリンジリリリ…”
 それは電子音で再現されたレトロな音だった。
「ひなちゃん、叔母さん手が離せないわ、お願いっ」
 言われて、ひなたは走って行き受話器をとる。
「もしもし、梅崎です……はい。……叔母さん、上談社の植野さんから…」
 ひなたは電話を保留状態にして陽子に取り次いだ。電話の相手は連載しているマンガ雑誌の出版社の編集担当の人らしかった。
「うえっち、どーしたの?明日までには仕上げるから……えっ、うそっ……そーなんっ」
 途中から陽子の口調が変わる。ひなたは心配そうに見つめている。電話を切った陽子は、どんよりした目でひなたを見つめて小さく呟く。
「レンレンが…廃刊になるって」
 その言葉にひなたも言葉を失う。レンレンは陽子が連載している少女漫画雑誌の名前だ。

 翌朝、ひなたは一人元気無く登校していた。
「どうしたの?」
 合流したななみが心配そうに声をかける。
「……レンレンが再来月、廃刊になるのよ」
「えっ…うそぉ…愛の錬金術師、これからなのにぃ〜。あっ、ひなたの叔母さんもマンガもレンレンだったよね」
 ななみはひなたが落ち込んでいる理由を理解した。
「やっぱり、ライバルのシャボンには勝てなかったのね」
 シャボンは同じく少女漫画雑誌でレンレンより売り上げ部数が多い人気雑誌だった。
「落ち込まないでよ、きっと別の雑誌のお仕事とか来るよ〜。それにひなたが落ち込んでいても仕方ないでしょ」
「そうなんだけど…」
 ななみの言葉にひなたは少し元気を取り戻していた。そこに背後から声をかけられる。