おジャ魔女わかば
特別編[輝の章]
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 桜の季節、それは始まりと終わりの季節。これはその狭間に位置する物語……。人間が住む世界から見える月は今日も笑顔で輝いている。でも、その輝きが最近、微か減少した事に気付いている者は少ない。今思えば、それが始まりだったのかもしれない。

***

 ここは魔女の住む魔女界と呼ばれる世界。大きな森の端から魔法のランプを想像させる外観の建物ある。その様子を伺う5つの影があった。それはまだ遊び盛りの少女の姿だったが、その行動は違っていた。
「あれがターゲットの魔法研究所ね」
「でもなんで、こんな事しなきゃいけないの?遠回りしてまで」
「だよね、ここに来るのに人間界を経由してるもんね」
 疑問を口にしたのは双子の少女達だった。
「フリル、ネオル。私達が仮に地上で活動する事になれば、アレが必要になる」
 リーダー格の朱色の髪と瞳を持つ少女が答えた。
「…まったく、ファーストも手間をかける。素直にセカンド……即ちアルテ様に平伏せればいいのに」
 5人の中で一番背の高い少女が呟く。
「…アルテミス5(ファイブ)任務を開始する。サティ頼むぞ」
 朱色の少女が指示を送ると、沈黙していたオレンジ色の瞳の少女が右腕をかざした。次の瞬間その少女の姿が消えた。数秒後、魔法研究所から小さな爆発と共に煙が上がった。それを確認して、残っていた4人の少女は走り出した。
 魔法研究所、そこは魔女界で有名な発明家マジョトロンの研究所だった。爆発がトレードマークの彼女の研究所から煙が上がっていても、他の魔女達は特に不思議がらなかったが、実はその日、開発中だった、特別仕様の魔女見習いタップ――コロンタップの試作品が5つ、謎の5人組に盗まれた。

 そして数日後…。

 漆黒の宇宙を魚が泳いでいた。正確には魚型の宇宙船。しかもステルス性は抜群で地上のレーダーにはキャッチされない。そのコクピットには2匹のウサギ型の生物と青い髪を後ろで二つに束ねた少女が乗っていた。
「……これからどうなるの私、また逃げ出してしまって」
 少女は不安をもらす。
「姫、これは戦術的撤退です。クリス様やパルナ様の気持ちを無駄にしないためにも」
 白いウサギが強く言い聞かせる。
「かぐら、今の月はお前にとって辛い場所になる、ここは逃げるしか無いと思うが」
 黒いウサギもそう言う。不安そうな顔をしている少女、月影かぐらは思い出していた、今回の旅の始まりを……。


 鐘が鳴り響いてた。その悲しい音色はパステル調の色合いの街に溶け込んでいった。月に住む特殊な魔女の国、月光界ルナトピア。そこに於いてその鐘の音が示す意味は月魔女女王カグヤの死と次期女王選の開始を示していた。その鐘の鳴り響く街をかぐらは長身の白い魔女に連れられ走っていた。
「クリス、カグヤ女王様が……」
「カグラ、走ってっ!」
 二人の背後には赤い軍服の魔女達が追跡して来ている。二人はそのまま地下街に入り込んで追っ手をまいた。そしてさらに地下の街の外れの工場に飛び込んだ。
「マジョボカン、船の用意は?」
 クリスという名の白い魔女が薄暗い工場内に居た魔女に問う。
「クリス・ジャーニィか、予定より少し早いが……」
「鐘の音を聞いたでしょ、始まったのよ」
 険しい表情のクリスに後押しされマジョボカンは二人を工場の奥に連れて行く。そこにあった格納庫ではサメの形をした小型宇宙船がアイドリンク状態で待機させてあった。
「シロ、クロ、こいつの操縦は任せられるわね」
 クリスの言葉にかぐらの髪飾りから白と黒のウサギ型の妖精が出てきた。それぞれ体の色と同じでシロとクロという名前だ。
「マニュアルには目を通してある」
「ぃやってやるぜっ」
「なら、出港準備にかかって」
 クリスに言われ、2匹の妖精は船に乗り込んだ。
「クリス…私っ」
 かぐらはクリスに訴えるように言う。しかしクリスは……。
「あなたはこれから地球に行って、タイムオーバーの7日後まで生き延びるのよ。地球なら水晶玉を持つお前に簡単に手を出す事は出来なくなる」
「でも……私は戦いを止めたくて」
「今のあなたには無理よ。現在、月の軍はアルテが完全に握っている。トワイもレジスタンスを結成し力を温存しているわ。月は戦場になる。そして両者が真っ先に狙うのは第一女王候補の資格を持つ…カグラあなた。戦いは止められない、なら、あなたが女王になって、今後、戦いの無い世界を作ればいい」
「でも、クリスにだってその資格はあるはずだよ」
「私にそのつもりは無い。カグラ…あなたの作る未来が見たいだけ。心配しないで、パルナも同じよ。パルナは私が守る」
 二人の問答にマジョボカンが口を挟んだ。
「時間が無いじょ」
 クリスはかぐらを宇宙船に押し込みハッチをロックした。かぐらは内側でハッチを叩いてクリスに何か伝えようとしてたが、クリスはコクピットの妖精に発射を指示した。格納庫の前方が展開し隠し通路が姿を見せた、サメ型の宇宙船はその通路に飛び込んでいった。通路を抜けた船は軍のレーダーを掻い潜り宇宙に飛び出した。

 ここまでの事に想いを馳せていたかぐらは目を開いた。
「シロ、クロ……でも私、みんなを助けたくて、月に戻ったんだよ」
「助けるのは、姫が女王になってからでも遅くはありません、今は辛抱ください!」
 説得を続けるシロの言葉にレーダーを見ていたクロが割り込んできた。
「逃がしてはくれないようだ。囲まれた!」
 窓から船の外に目をやると、球状の一人乗りの小型宇宙船が5機、かぐら達の宇宙船を取り囲んでいた。青い輝きを放つ惑星まであと少しの距離だった。
「……地球はもう目と鼻の先だというのに、アルテミス5か」
 シロは悔しそうにコンソールを叩いた。
「かぐら、シロ、シートのしっかり掴まれ!加速する」
 クロはそう命令すると、コンソールを操作する。かぐら達の乗る小型の鮫型の宇宙船コバンシャークはヒレ状のウィングを格納し、船体を伸ばして高速モードの変形し、航行速度を上げた。追っ手の球状の宇宙船も加速を始めた。