おジャ魔女わかば
特別編[天の章]
1/10
 ふかふかのベットの感触とまだ眠っていたい心地よさを感じながら少女は目覚めた。少女は辺りを見渡して自分がお姫様になった様な錯覚を覚える。そこは広く装飾の豪華な家具が悠然と置かれた部屋だった。彼女は桂木わかば。緑のツインテールが特徴だったが、今、自分がまったく別の少女の姿をしている事に気が付いて、少しずつ記憶をたどっていく事が出来た。わかばは月の第一女王候補かぐらの身代わりとして月魔女に拉致され、月の王位争奪戦に巻き込まれた。そして第2候補のアルテと決闘をして…。
「私、死んだんだっけ…それじゃ、ここが噂に聞く天国って所なの?」
 わかばは胸を貫かれた感触を思い出して、胸に手を当てた。そこにある筈の傷は無く。わかばは状況が理解できず首を傾げる。すると扉が開いて、アルテの私兵であるアルテミス5のリーダー、ミィズ・ジュンリィ第6候補が入ってきた。
「目がさめた様ね…囚われのお姫様」
 ミィズは挑発的に喋りかけてくる。月魔女達はわかばの扮するかぐらを本物と思っている。下手に喋るとボロが出るので、わかばは沈黙していた。
「なぜ、自分が生きているのか、不思議そうね」
 ミィズの言葉にわかばは頷いた。
 不思議そうに胸を手で摩っているわかばの姿を見たミィズは告げる。
「あれはアルテの魔法による幻覚だ。それなりの痛みを伴うな。だから本当は刺されていないんだ」
 それを聞いたわかばはホッとする。そんな生きている事を実感したようなわかばにミィズは言い放つ。
「あなたは死んでいるわ…この月では。アルテと最高委員会は、私達アルテミス5にも内緒である計画と推し進めようとしている」
 ミィズの口調はだんだん忌々しそうになってくる。
「本来、月の女王になった者は、その魔力で月を支えなくてはならない。アルテは、それを影で…カグラ、あなたにやらせようとしているのよ。そして自分の魔力は自分の為に…最強の女王になろうとしている。あなたはその為にアルテに生かされている」
 月の女王の最大のネックは就任後に魔法をほとんど制限されてしまう事だった。しかし、月魔女達はその女王のおかげで月で生活できる訳なので、月魔女を支配できる事にはかわりは無い。しかしアルテは、女王就任後も魔力を自由に使うつもりのようだ。かぐらはその為にはちょうどいい人材だった。
「しかし、それでは私にとっては不都合なんだよね…」
 ミィズは掌をわかばに向ける。その掌と呼応して、ふかふかのふとんがわかばの体に巻き付く。
「知っていると思うが、私の能力は念動力。魔法が使える魔女にとって、あまりたいした能力とは言えないが……それでも、このくらいはできる!」
「あのっ」
 わかばは何かを言おうとしたが、ミィズはそのまま、ふとんにくるんだわかばを窓をブチ破って、外に放り出した。そこは王宮の塔の一つで、しかも最上階。そこから、下を流れる運河に簀巻き状のわかばは落ちていった。
「私のシナリオではこうだ、アルテに負けて、なお一命を取り留めたものの…自分の運命に絶望したカグラは自殺を試みたと…」
 運河に浮いていた簀巻きは、次第に深く沈んでいった。絶対に助からないと確信し、ミィズは部屋を後にした。

***

 月の覇権を争う、派閥の一つトワイ派のマリアとホルプは情報収集の為に月王宮を中心とする街、ルナトピアに来ていた。もちろん目立たない格好に変装してだ。目的地を目指して歩いていると、不意に声をかけられた。
「すんません。地下街に入るには、どないしたらいいんですか?」
 月ではあまり聞かない喋り方の少女にマリアは顔をしかめた。
「地下街は、王位引継ぎ期間は、戦いに巻き込まれたくない人が非難して、全部シャッターが降りているんで入れないんだよ。月に住んでいたらそのくらいは…」
 ホルプが怪しそうに言うのをマリアは遮って、その少女を案内した。その少女にはもう一人仲間がいたらしく付いてくる。
「ここから入れる」
 マリアは特殊コードで緊急用のシェルターを開いた。
「おおきに、あんた親切な人やな」
「……」
 もう一人は疑わしそうにマリアを見つめた後、地下街へと降りていった。それを確認して、マリアはシェルターを閉じた。
「マリアさん、さっきの人達、絶対月魔女じゃないよ〜侵入者だよ。地下に入れて良かったの?」
 ホルプはマリアに言及する。マリアは幼い風貌のホルプを見ないで、前だけを見据えて告げた。
「あの者達が、何か問題を起こせば、困るのはアルテだ。我々はそれに乗じて、戦えばいい」
「ほぉ〜なるほど」
 ホルプは納得した。
「行くぞ」
 そんなホルプを置いてマリアは先へと向かっていく。

 ルナトピアで一番高い塔の最上階の展望室にマリアとホルプの姿があった。マリアはそこから王宮を見据えていた。
「どう…見える?」
 ホルプの問いに鬱陶しそうに答えるマリア。
「…どうやら、アルテミス5のミィズ以外の任務中に4人が行方をくらましたみたいだ。兵達が騒いでいる」
 マリアは遠く離れた所まで見ることが出来る千里眼を特殊能力として備えていた。それと読唇術を使い、王宮内の様子を盗み見ていたのだ。また、スナイパーでもあるマリアはこの場所から、王宮のアルテを狙撃する事もできたが、さすがにアルテは姿を見せなかった。
「他に情報は入りそうに無い。帰還しよう」
 マリアはそう言うと、ホルプの返事を待たずに塔を降りて行った。

 塔を降りた所の側を川が流れていた。塔を出たホルプは、頭にイメージが浮かんでマリアを呼び止めた。
「マリア!」
「どうした?何かビジョンが見えたのか?」
 マリアはそれが何を意味するのか知っているかのように尋ねる。ホルプは未来予知という特殊能力の持ち主だった。しかしまだ完全にコントロールするに至っていないこの能力は、たまにホルプの意思に関係なく発動して、ホルプにとって有効な未来事象を彼女に示していた。
「この川に何かが沈んでいる。とても大事な物が…」
「何だ、それを引き上げたビジョンが浮んだんだろ」
 マリアはそれが気になった。
「丸まった布団…みたいな」
 ホルプの答に、くだらないとばかりにマリアは歩き出した。そんなマリアにホルプはすがり付く。
「でもこれは、何かのお告げだよ〜きっと何かある。お願いだよ〜」