おジャ魔女りんく〜8番目の魔法!〜
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 階段を降りきった所でりんくに追いついたさいとが言う。
「うちのおかん、俺が六年生になってもアレだから、まいるよ」
「さいとがそれだけ忘れ物しているって事でしょ」
 りんくのさらっとしたトゲッちい言葉にさいとは苦笑するしか無かった。そして、二人は学校へ向かって歩き始める。
「本当に大丈夫?」
 りんくは確認してくる。
「はい、大丈夫であります。仮面児童会長どのっ」
 さいとの皮肉のこもった言葉にりんくは無言でさいとから顔を背けた。さいとは“しまった”とばかりに自分の口を押さえていた。苦笑いしながらさいとは話題を変えた。
「ふ…風雅さんの新作って、どんな話なん?」
 風雅とはりんくの父、月宮ふうがのペンネームだった…と言っても、何のひねりも無く、名前そのままなのだが…。『月魔女かぐやの大冒険』と言う児童向け小説がヒットして、そのままシリーズ化し、さらにドラマ化までされる事になった売れっ子の作家だった。
「…まだ読んでないわ。私はいつも本が発売されてからしか、読ませてもらえないから」
 りんくは淡々と言う。りんくの父にとって、娘のりんくは一番身近な読者の筈だ。読んでもらって意見を求めても普通だろうとさいとは思っていた。
「それって…あまり、りんくに読まれたく無いって事か?」
 さいとの何気ない言葉はりんくの心の不安に触れてしまったみたいで、りんくは立ち止まった。
「で…でもさ、うちの死んだばぁちゃんは、懐かしそうに読んでたっけ…なぜか」
 また要らない事を口にしてしまったとばかりにさいとは話の方向を変えようとする。しかし、りんくの反応は無かった。

 りんくとさいとが住んでいるのは、虹宮の中に新しく出来た女神町と言う比較的大きな街だった。その女神町の中心にある学校へと続く通学路には数メートルおきに桜が植えられた桜並木となっていた。今は桜の季節も終わったので、緑色の鮮やかな道となっていた。そんな道をりんくとさいとの二人は無言で歩いていた。りんくはまるで仮面を被った様に無表情で、一方、さいとはこの沈黙に耐えられず息苦しそうにしていた。
 二人が教会の前に差し掛かると、神父さんが箒を手に教会の前を掃いていた。神父さんの足元のにはガラスの破片の様なものと、こぼれ出した液体が染みの様になっている。
「神父さん、おはようございます。…メガミ管、割れちゃったんですね」
 さいとは地面の破片を見て言う。さいとの後ろではりんくが丁寧に頭をさげている。神父はにっこりと笑って二人に話しかける。
「二人ともおはよう。これはね…誰かが、夜の間に捨てていったようなんだよ」
「ふーん、液が紫色だから、まだ使えるのに、勿体無いよな〜」
 さいとは何気なく呟く。
「確かにメガミ管の登場は私達の暮らしをさらに豊かにしましたが、物のありがたみを感じない心も同時に増やしてしまったのではないでしょうか…と、時々不安になります」
 神父は空を見上げて遠い瞳で言う。さいとは反論したかったが、何も言えず辛そうに黙り込んで拳を握り締めていた。りんくはそんなさいとの代わりに口を開いた。
「いつの世も一緒で、そんな人ばかりじゃ無いと思います」
「そうですね」
 神父はそう言って微笑んでくれた。二人は教会を後にして学校を目指す。

 横断歩道の信号待ち、りんくとさいとの二人は再び無言だった。今度はさっきと逆でさいとが口を閉ざしていて、りんくがそれを心配している形だった。
“クゥゥゥゥ……”
 二人の前の道路を数台の車がモーター音を残して滑らかに通り過ぎていく。それを見送りながら、さいとは小さく口を開く。
「さっきはサンキュ」
「ううん、私は自分が思った事を言っただけだから…」
 りんくは静かに答えた。青信号で横断歩道を渡った後、さいとはポケットからメガミ管と呼ばれる手のひらサイズの円筒形の筒を取り出した。筒内は薄紫の液体で充たされ、そこに赤いビー玉くらいの球体が一つ浮いていた。さいとがその筒の両端を蓋している金属端子を右手の親指と人差し指の先ではさむ様に持つと、筒内の赤い球体が輝き出した。
「こんなに、凄いモンなのに、あんな事…言われちゃうとなぁ〜」
「…さいと」
 りんくは赤い光に照らされながら、寂しそうなさいとを見つめる。そして思い出したように、さいとが手にしているメガミ管を取り上げて言う。
「それは、人前ではしちゃダメだって、あなたのお父さんに言われてるでしょ!」
 りんくの手の中で、メガミ管の輝きは消えていく。さいとは小さく言う。
「ごめん。でも、家族とりんくの前でしか、やった事ないから」
「さいとには、メガミ管って…特別なのよね」
 りんくは前を向いて呟く。その視線の先にはメガミ管と同じデザインの大きな円筒形がそびえ立っていた。

***

 りんく達が通っている虹宮小学校はだいたい街の平野部の中心に位置していた。その入り口…大きな校門の前で、一人の少女がいらいらしながら誰かを待っている。
「りんくさんは何をしているんだろうね。今日は朝から忙しいっていうのにっ」
 少し赤毛のショートカットの左右に触覚のような細いおさげをつけている少女がイライラするたびにその触覚おさげが小刻みに揺れる。
「もしかしたら、これを使えば……ううん、りんくさんはもうじき来るわよ。だって、何でも完璧なりんくさんなんだものっ」
 赤毛の少女は手にしていた野球ボール程度の大きさで薄紫の水晶の様な球体に鍵盤の様な物がついたペンダントを見つめて呟くが、すぐに考えを変えて、満足そうに呟いてみる。