おジャ魔女りんく〜8番目の魔法!〜
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「休み時間に騒ぎになっていたでしょ、誰かがこれで魔法を使ったんだよ」
 めいるはあっさり言いながら、両手袋の水晶玉を見つめている。
「めいる、あなた、もしかして…」
 りんくは咄嗟に尋ねる。
「うん、私も早く使ってみたかったんだ」
「やっぱり、それで、この教室を…」
 りんくは少し呆れた表情を見せる。魔法なんて幼稚な物と思っている様にめいるに思わせる為に。それがりんくの思い描く凛々しい姿だったから。しかし裏腹に心の中では、何が起こるのか、本当に魔法が出るのか、楽しみでならなかった。
「魔法はアーチポロンっていうこの手袋で使うって書いてあるんだよ」
 と言いながらめいるは、両手を胸の前でクロスさせた後、そのまま両手をぐるぐる回し始める。まるで“いとまき”の歌の様に…。回している内に手袋についている水晶玉が淡く輝き始める。それを見てめいるは呪文を詠唱する。
「パールメルポ ポステスメイメルト 給食よ、豪華になれっ!」
 呪文が終わると、回していた両手を前に差し出す仕草をする、水晶玉から溢れ出していた光の粒子が虹を描き弾けて飛ぶ。それが輝いて周辺を駆け巡り、消えていく。気がつくと、机に置いてあった二人分の給食は、重箱に入ったおせち料理の様な物に変わっていた。
「うわ〜本当に魔法だよ〜」
 めいるは嬉しそうに言う。りんくも目を丸くしたまま、何も言えなかった。何か言うと作って来た今までの自分が壊れそうで怖かった。やっと気持ちを落ち着けた頃に、めいるが話しかけてくる。
「りんくさん、食べよ」
「うん」
 りんくはそう言って、箸を手にした。

***

 昼休みの渡り廊下を座間教頭がツカツカと歩いていく。手には例のペンダントが数個握られている。そんな座間教頭を屋上から見下ろしている女子児童が数人いた。
「ザマス、ムカつくわ〜」
「ほんとやわ、ちょっとくらいええやんか…すぐに没収しよって」
 魔法のペンダントを座間教頭に没収された女子児童達が悔しそうに口にする。
「私が何とかしてあげるわ」
 後ろから群青色の魔女見習い服を着た少女が現れて、両腕のアーチポロンをくるくる廻して魔法の光を蓄えていく。
「マーパラ タコココ ピシャモ クーペン ザマスなんかいなくなっちゃえっ!」
 両腕の水晶から溢れ出した光が腕から腕へアーチを描いた虹になって、弾ける。すると途端に局地的な突風が吹いて、座間教頭を吹き飛ばして行く。
「きゃあああ〜〜何事ザマスぅ〜誰か助けるザマス〜」
 座間教頭の姿はあっという間に空の彼方へ消えて行った。女子児童達は渡り廊下へ行き、吹き飛ばされた時に座間教頭が落とした魔法のペンダントを拾い上げる。
「よかった」
「それにしても、ザマスは何処まで飛んで行ったんだろうね」
「別に良いけどね」
 女子児童達はそう言って笑い合った。群青色の魔女見習い服を着た少女は屋上に残って、渡り廊下で笑い合っている子達をつまらなそうに見つめていた。

***

 体育館の裏に3年生の女子児童が二人話している。
「あ〜あ、午後の体育、苦手な鉄棒だよ〜。雨で体育館の体育にならないかなぁ〜」
 一人がため息混じりに呟く。するともう一人が告げる。
「降らせたら良いじゃん、雨。これで」
 と言った少女は、あの魔法のペンダントを見せて微笑む。

***

 めいると二人でリッチな給食を食べたりんくは教室に戻ってきた。そして何気無しに学級文庫の本棚の前にやって来ていた。そこにはりんくの父が書いている『月魔女かぐやの大冒険シリーズ』も全巻並べられていた。りんくはそれを見つめながら考える。
“あれは…魔法?…魔法って本当に存在するっていうの?”
 りんくが考えていたのは、さっきめいるが自分の目の前で使って見せた魔法だった。りんく自身、よく分からないのだが、物凄く惹かれる何かがあった。
「ねぇ、月宮さん、月魔女かぐやの新作っていつ出るんですか?」
 りんくは不意にクラスメートの女の子から声をかけられた。すこし驚いたが、瞬時に顔を整えて優しく答える。
「今朝、書きあがったみたいだから、もうすぐ発売になると思うわ」
 りんくの父が作家である事は皆知っているので、この様な事は良く聞かれる質問だった。
“あの魔法…お父さんが小説の中で描いている魔法と酷似しすぎている…これって偶然なの?”
 りんくは疑問を感じていた。そしてそんなりんくの脳裏に今朝のさいとの言葉が蘇る。
『あまり、りんくに読まれたく無いって事か?』
 それはりんくの心に重く圧し掛かった言葉だった。りんくは本棚に並んでいる父の本を一冊、手に取った。そしてそのページをパラパラと捲りながら呟く。
「本当は薄々気付いている…」
 りんくはその時、自分が悲しそうな瞳をしている事に気付いていなかった。

“バタバタバタッ”
 教室に男子達が大勢走りこんでくる。昼休みを運動場で遊んできた面々だ。男子達は口々に言う。
「イキナリ降って来るんだもんなぁ〜」
「ああっ、ビショビショだぜ〜」
 男子達の衣服は所々濡れていた。りんくは気が付いたように窓の外を見てみると、さっきまであんなに晴れていた空が黒々と濁った雲に覆われ、雨を降らせていた。
「天気予報じゃ、こんな事は…」
 りんくは信じられない様に呟いた。
“キーンコーンカーンコーン”
 昼休みが終わり、午後の授業の開始を告げるチャイムの電子音が鳴る。しかしりんくのクラスに担任代理の座間教頭の姿は無かった。非常に時間に厳しく、いつもチャイムが鳴る数分前には教室にやってきて待機している程の先生なので、児童達は、何があったのかと騒ぎ始める。それはどちらかと言うと心配より、嬉しいと言った感じだった。
「みんな、静かにして、職員室に行って、様子を聞いてくるわ。みんなは自習していて」
 りんくは立ち上がって、そう言うと、足早に教室を出て行った。りんくが出た教室は静かになるはずも無く、中でははめを外した児童達が遊び始めている。りんくはそれにため息をつきながら職員室に向かった。