おジャ魔女りんく〜あれが噂のT様〜
chapter1 真実の意味
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“グゥゥゥ……”
 丸っこい印象の大型バスが地を這う様なモーター音を引きずりながら貯水池横の道路を走っていく。それは走ると言うより滑っている感じにスムーズだ。それもその筈、バスは地上数センチの所で浮いているのだ。バスの底部にはメガルサーリフトと呼ばれる装置が設置されていて、そこから形成されるメガロティックフィールド(通称メガロ場)が重力と逆向きの力場を作りだしバスを浮かせているのだ。今現在、街中を走っている自動車、及び、小型の航空機には全てこの技術が用いられていた。
 十年前、ここ虹宮(にじのみや)という街で開発されたメガミシステムと呼ばれる新エネルギー技術は、人類の発展を加速的に進めたと言われていた。メガミシステムはメガミコアと呼ばれるビー玉程度の球体をメガミリキッドという液体に浸し筒に閉じ込めた物で、この筒内で必要に応じ反応が起こりエネルギーが発生する。それは完全にクリーンでリサイクル可能な画期的なものだった。
 メガロ場はメガミシステムから漏れ出している微小なエネルギーを上手く利用して作り出された言わば副産物的な技術だった。しかし、今ではメガミと同じく人々の生活を支える重要な技術の一つとなっていた。
 広大な貯水池を横目に走るバス内部は、一番後ろの席に白いワンピースに麦藁帽子をかぶった20代くらいの女性が座っているだけだった。麦藁帽子からは緑色の束ねた長い髪が左右に垂れているのが見える。手には大事そうに花束を抱えている。この路線のバスは一日数本しか運行していなく、さらに都市部から離れて山手の郊外へ行く為か、利用客も限られていた。彼女は真夏の太陽に照らされて輝く貯水池の綺麗な水面では無く、反対側の窓の方を見つめていた。そこには山の麓に広がるあまり手入れの行き届いていない公園があるだけだった。
 バスは貯水池の横を通り抜けて、その隣の墓苑前の停留所に到着する。女性は立ち上がり、左手首に装着しているブレスレットを出口の扉横に設置されている黒いセンサー部分にかざす。その動きは慣れていないのか、少しぎこちなさが覗える。赤い“OK”の文字が空中に投影され、即座に“ありがとうございました”に切り替わる。女性は運転席の無骨そうな運転手に頭を下げ、バスを降りていく。運転手は帽子に手をかける仕草を見せ、女性が降りるのをミラー越しに見つめていた。そして女性が降りたのを確認し、扉を閉めてバスを動かす。
“グゥゥゥ……”
 重たいモーター音と共にバスが女性のもとから走り去っていく。
「ここのバスもずいぶん快適になったものよね」
 走り去るバスを見つめつつ、女性は落ち着いた口調でポツンと呟く。女性が肩にかけているポシェットから緑色の饅頭みたいな生物が顔を出す。その頭には女性と同じ様なツインテールがちょこんとついていた。
「ほんと、昔と同じグニャグニャ上り坂なのに、全然揺れたって感じしないもんね」
 この緑色の生物、声色は大人のそれだが、一緒にいる女性と比べるとかなり子供っぽい喋りだった。女性は思い出すように告げる。
「実際、昔みたいに路面とタイヤが接している訳では無いから…」
「浮いてるもんね。でも、あれって、ツクシちゃんが言うには箒で飛ぶのと同じ原理らしいよ」
 緑色は嬉しそうに言う。“箒で飛ぶ”で連想するモノと言えば…黒装束に黒いつばの広いとんがり帽子、物語の中などでよく見かける魔女が最有力だろう。そう…この女性と謎の生物は魔女とそのお連れ……いや、実際は逆なのだ。
 この緑色の生物、実は魔女の世界からやってきた魔女で、ちょっとした事情でこの様な魔女ガエルと呼ばれる面倒な姿になっている。名をマジョワカバ。人間界では小金井ワカバを名乗り、街の中心を横切る鉄道高架下の商店街で小さな占い屋を営んでいた。そして一緒にいる女性は魔女のお供をしている妖精のシシ。普段は着せ替え人形程度の大きさの女性の姿をしているが、魔力で主人の容姿をベースとした人間サイズになる事もでき、近所付き合いや商売の関係で、カエルの姿になってしまった主人の身代わりとして小金井ワカバを演じる事も多かった。
「それじゃ…行きましょうか」
 シシは急に声のトーンを下げて言う。何か重たい雰囲気が一気に広がる。シシの肩に乗っかったワカバもその雰囲気に引きずられる様に頷いて答える。こうして、一人と一匹は目の前に広がる墓苑に入って行った。

 メガミ発祥の地として、ここ十年で急成長を遂げた街、虹宮。その拡大し続ける街を一望できる高台の墓苑。その端っこの一角で、ワカバとシシは墓石を前に花を添え、手を合わせていた。そこに黒マントに黒いツバの広いトンガリ帽子、目は黒光りするスポーツサングラスといういで立ちの魔女が完全に音も無く現れて声をかけてきた。この完全に黒を纏った姿と白いワンピースがコントラストとして二人の間で際立つ。
「ワカバ、久しぶりね。カエルが苦手だったあなたが、その姿…まるで皮肉ね」
「フタバさん、どうしてここに?」
 シシはその黒マントをフタバと呼び、さっきまでのクールさとは程遠い驚きを見せている。それだけ、フタバがここにいるのが信じられないみたいだ。それを見たフタバは微かに苦笑いして言い返す。
「…そんなに驚かなくても」
 そんな二人のやり取りにワカバは笑いを堪えながら口をはさむ。
「ふふっ。王宮騎士特務隊のあなたがここの居れば、何かの事件だと思うのが普通かもね」
「かつてのパートナーに会いに来た…じゃ駄目なのか?…まぁ実際、任務でここの近くに来たからなのだが」
 と言いながらフタバは目の前の墓石に視線を落とす。
「ここに…彼女が…」
「うん」
 ワカバは小さく答える。フタバは墓苑の端に植えられた木々の隙間に見える貯水池を見つめて呟く。
「…この場所もある意味、皮肉なのかもしれないわね」
「でも、この側には、かつての魔法堂もあったし…」
 シシは山の方を見つめて言う。そして3人は、墓石に刻まれた少女の事を思い黙り込んでしまう。しばらくして、ワカバは小声で呟く。
「なかなか来れなくて…ごめんね……それから…」
 照りつける真夏の太陽。ワカバの小さな言葉はアブラゼミの鳴き声に掻き消されていく。

「さてと、そろそろ行こうかな。また来るから」
 しばらく、いろいろと思いを馳せていたワカバはそう言って帰り支度を始める。シシはフタバに声をかける。
「今晩、魔法堂にいらっしゃいよ、飲み明かしましょ」
「仕事が片付いたら、寄らせてもらうわ」
 そう答えて、フタバは音も無く消える。
「今夜は呑むかな〜」
 ワカバは既にその気になって微笑む。