おジャ魔女りんく〜あれが噂のT様〜
chapter4 虚構の世界
2/10
「メガミが魔法とか言う訳のわからない力であった以上、仕方の無い事なのです。あの人は魔法に騙された。私達は魔法のせいで不幸になったのよ」
 まるで、全てを魔法のせいにしているかのような物言い。市長は窓を開け、外の風を室内に入れる。そして否定する事なく優しく母親に告げる。
「すぐにすべて消し去りますから、安心してください」
“トントン”
 市長室にノック音が響き、続いて声が飛び込んでくる。
「市長、準備できました。お願いします」
 窓を閉めて振り返った市長は母親に一言「いってきます」と言い、部屋を出て行った。雅美は不安な気持ちを抱え込むように自分自身を抱きしめていた。

***

 りんくが教会に戻ろうと魔法の箒で飛び上がった時、駅前のビルに設置されている巨大なモニターに市長の顔が映った。いろんなCMを流していたのが突然中断されての事だったので、何か大事な発表ではと、人々も立ち止まり、モニターを見つめた。りんくも正面の駅ビルの屋上に降り立ち、モニターを見つめた。
『虹宮市長の藤崎です。本日、市議会で可決された事について市民のみなさんに報告にまいりました。しばしお時間を頂きたいと思います』
 モニターの市長はわかりやすく親しみやすい口調で話し始める。
『皆さんもご存知のように、ここ虹宮はメガミ発祥の地です。それは私の父が積極的に開発を支援し、この街をテストケースとし、試作段階のメガミを取り入れていった事に由来します。これは私達の誇りであります。先日、メガミは魔法の産物であると言う人物がおりましたが、もし仮にそうだとしても、それを利用しメガミを作ったのは我々人間である事を忘れないで頂きたい』
「市長、何を言っているの?」
 りんくは市長の意図が見えず、首を傾げてしまう。
『さて、今の虹宮市の現状と申しましょうか、世界中に言える事なのですが、先の魔法発言によりかなり混乱しているのは皆さんの方が詳しいかと思います。混乱の原因は単純です。突如出現した魔法という存在により我々の生活が脅かされているからです。不意に我々は弱者となってしまいました。しかし、虹宮は…いや世界は皆さんの物です。彼らの物ではありません。そして私達、行政の立場としましては弱者の味方でなくてはならないと考えます。これらの事から、10年前、メガミの一件により革新的な都市して注目された我が虹宮は、他の都市の先陣をきり、動く事を決定しました。そう、我が虹宮市は混乱の原因である“魔法”を排除する事を決定致します!』
 この市長の演説に、混乱に疲れきった市民達から歓声があがる。しかし、りんくは全身の力が抜けていくのを感じていた。藤崎市長は謎(魔法)の多いメガミを認めてくれた市長の息子で、当然、魔法の理解者だと信じていたからだ。りんくは今後の不安を感じながら、ゆっくり立ち上がる。
「とにかく、戻らなくっちゃ」
 そこに…。
「魔法排除条例により、同行して貰いますっ!」
 りんくの居た屋上に白装束の部隊が次々と上がってくる。これまで裏で動いていた白い部隊はどうやら先行して市長が作った反魔法運動の為のものだったようだ。りんくはタップから取り出した箒に飛び乗って急上昇した。当然、飛行能力の無い彼らに追跡は不可能だった。
「なんてスピードだ。MJ粒子の散布が間に合わない」
 白装束の一人が悔しそうに言った。

***

 箒で飛行していたりんくは街の北側の高台へ続く上り坂の途中にあるレンガ造り古い教会の前に降り立つ。そこが、今現在りんく達が拠点としているアンナマリー教会だった。りんくは教会に飛び込んで叫ぶ。
「神父さんっ」
 この教会の神父、神山清章(こうやまきよあき)はEXP者保護の中心人物として活動していて、りんく達も絶対の信頼を寄せていた。神山神父は教会の奥、ステンドグラスの窓から差し込む光に照らされる形で背中を向けていた。
「神父さん?」
 りんくの口調は疑問形に変わる。教会が静か過ぎるのだ。りんくが出かける前は、保護したEXP者や避難して来たEXP者で、この教会が狭いと感じられるような状況だったのだ。それが今は神父とりんくしか居ないので広々と感じる。しかし、りんくはそんな疑問を一旦置いておき、神父と市長の行動に対する対策を講じなければと、神父の元に駆け寄る。神父はそんなりんくの行動を見ただけで理解したように言う。
「市長の演説を聞いたようですね」
「市長のやり方は間違っています。それをわかってもらわないと…」
 りんくははっきりと言う。神父はしばし考えて…。
「間違っているか正しいか、それを見極めるのは難しい事です。市長の行動は間違いであるかもしれませんが、ある意味正しいとも言えます」
 神父の言葉にりんくは納得できないという表情を見せていると、神父は優しく諭すように言う。
「あなたは、魔法の世界と人間の世界の交流を望んでいるから、そう思うのです。でも交流を望んでいない人も居るという事を忘れないでください。つまり立場が違えば正しい事も違ってくるのです」
 りんくは俯いてしまう。何となく理解は出来た。正しい事は一つじゃ無いという事を。しかし、それが非常に辛い時がある。りんくは神父に問う。
「でも、市長のやり方は、EXPが高いというだけで同じ人間も排除してしまうやり方では無いのですか?」
 それが正しいのかと問いかける。これは推論に過ぎなかったが、メガミスキンを散布しEXP者を発見隔離していたのが市長の思惑だとすると、辻褄が合う。
 神父は静かに目を瞑って、徐に手を上げた。教会の扉が乱暴に開いて、白装束の部隊が流れ込んでくる。あっと言う間にりんくと神父はその部隊に取り囲まれてしまう。
「神父さんっ」
 りんくは咄嗟に神父を守るように彼の前に立ちポロンを構える。そんなりんくの両肩に手を乗せた神父が言う。
「私は常々、人類には特別な力は不要と思っていました。力を手にすると一時はいろんな事が発展するでしょう。しかし、結局は、それに頼るあまりに腐敗させてしまうのです。すでにその様な例はいくつもあります。そこに魔法などと言う万能の力を手に入れれば、その反作用は計り知れません」
 りんくの肩を掴む神父の手に力がこもっていく。りんくはそれを振り払い、神父と向かい合う。神父は悲しそうな表情でりんくと哀れと見つめていた。そして言い放つ。
「この世界に魔法なんて無用なのです」
 この言葉と同時に白装束が一斉にりんくを捕まえようと飛び掛ってくる。