ダブルウィッチ☆プリキュア
第1話「疾風の翼キュアウイングはばたく!」
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「…………日浦あずさです」
 ちょっとした沈黙の後、名前だけを名乗るあずさ。以上と言わんばかりに北崎を見つめる。北崎はあずさを見つめ返して…。
「他に言うことない?」
「ありません」
 キッパリと答えるあずさを空いている席に座るように仕向けながら北崎は話す。
「まぁ、日浦の事はおいおいだね。みんな仲良くやってね。それじゃ……」
 生徒達はあずさの簡潔な態度と何も語らない部分から来るミステリアスさにざわめいていた。わかばは、まるで出会った頃のあずさを見るみたいで、心配そうにあずさを見つめていた。

 ホームルームが終わり、休み明けの大掃除になる。あずさは廊下掃除の班。わかばはトイレ掃除の班だった。わかばは持ち場のトイレ掃除を急いで済ませて、あずさの掃除している廊下に急いだ。最初の自己紹介の突き離す態度のせいか、あずさの側には誰も寄り付かず、掃除班の中でも浮いたように一人で黙々と箒で床のゴミを集めていた。
「あずさちゃんっ」
 思いつめたように声をかけるわかば。しかし、あずさは振り返りもしなかった。
「あずさちゃ……」
 言いながら、あずさの肩に手をかけようとしたわかばは硬直してしまう。今朝の夢が、灰になって消えるあずさと周りの風景が蘇ったからだ。
「あまり馴れ馴れしくしないで」
 あずさが発したその言葉に、わかばは感情的に叫ぶ。
「なんで、なんでっ。あずさちゃん、説明してよ。私、何か気にさわる事したのっ」
 涙が止まらない。あずさは背中を向けたままだった。その後、一切、わかばとは目を合わさず、掃除を終えたあずさは廊下を後にした。あずさの姿が見えなくなった後、わかばはトボトボと第一理科室に向かった。

 第一理科室はわかばが所属する“超常現象研究会”という部活の部室にあてられていた。超常現象研究会、略して超常研は今年の3月に卒業した神楽星二郎という先輩が作ったクラブで、わかばは星二郎とコンビを組んで数々の怪事件をわかばの占いと星二郎の直感を駆使して解決してきていた。あと三人程サポーターとして部員がいたが、二人が卒業してしまい、今は2年生になったわかばと、3年生にサポーターの名土という男子生徒の二人だけだった。しかし、名土は陸上部と掛け持ちで、陸上部メインなので、結果、わかばが超常研の部長となっていた。とにかく、三人の新入部員を確保出来ないと、廃部の危機なのだ。だから、入学式後のクラブ勧誘は重要なのだが、あずさとの事があったわかばは、それどころでは無く、理科室の実験机に突っ伏すようにして泣いていた。そしていつの間にかわかばは眠りに落ちる。

***

「あずさちゃんっ、お願い、嫌いにならないで」
 あずさの背中。わかばは肩に手をかけ、強引に振り向かせて言う。もうなりふりかまってられない。しかし、わかばの方を向いたあずさがニッと笑ったかと思うと、あずさの体が膨れ上がり、その姿は、あの腕がムチになった巨大怪獣に変わる。
「また、この悪夢なの……もういいよ。もう…」
 あずさを失った絶望からか、わかばは何もかも諦めたかのように立ち尽くす。何度も見てきた悪夢だ。ここで体が動かないのはいつもの展開だ。いつも必死に助けを求めるが、今はもうこのまま怪獣に喰われても良いと思うようになっていた。
“バチッ”
 頬を平手で思いっきり叩かれて吹っ飛ぶわかば。わかばは体を起こす。そこにはキュアライトニングの後ろ姿。全身に雷のスパークを起こしていて、まるで怒っているようだ。
「ライトニングサンダー」
 キュアライトニングが腕を一閃すると、稲妻が走り、怪獣に電撃を加える。怯んだ怪獣に対し、キュアライトニングは跳びかかりパンチとキックの連続コンボを確実に入れて行く。次第にダメージを蓄積していく怪獣の攻撃がガラリと変わる。無差別にムチを振り回し始める。その必死な攻撃に敵から距離を取るキュアライトニング。そのまま、気をためるようなポーズを取る。
「ライトニングギガヴォル……」
 両手に集まったスパークが眩い光を放つ。大技だったが、その発動前に怪獣は地面を掘って逃亡した。
「ちぃ」
 キュアライトニングは舌打ちを残して姿を消す。いつもの悪夢とは違い、キュアライトニングは怒っていた。わかばは彼女を呼び止めようと叫ぶが……。

「キュアライトニングっ」
 叫びながら、わかばは目を覚ました。
「やっぱり、わかばさんはここでキュアライトニングを追っていたんですね」
 誰も居ないと思っていた理科室に男子生徒が二人来ていた。真新しい制服が新入生である事を主張している。その二人はわかばの知っている人物だった。
「風雅君と明人君」
 二人は小学校時代のわかばの知り合いだった。五條風雅という少年がわかばに告げる。
「わかばさんが超常研をやってるって聞いたから、一緒に超常現象に触れたいと思って……」
「オカルトに精通する事が、愛しの彼女に近づく一番の方法って思ってるみたいだよ、こいつ」
 風雅の親友である津川明人が半分呆れながら言う。既に入学式は終わっていて、クラブ勧誘が始まっていたのだ。二人はその中をここに来てくれたみたいだ。
「二人とも、超常研に入ってくれるの?」
 あと3人、部員を見つけなければならなかったのが、これであと1人になるとわかばは嬉しそうだ。
「いや、俺は水泳やるんだわ。あれを見たら、行くしかないよね、水泳部」
 明人は腕でクロールの動きを見せながら言う。わかばはがっかりする。でも、すぐにあれって何だろうと気になる。
「日浦先輩、こっちに来てたんですね。先輩の泳ぎを見て明人は一目惚れしちゃったんです」
 風雅が説明する。風雅の言葉にわかばは慌てて、窓際へ走っていく。理科室は校舎の三階。窓の外のすぐ下はプールになっていて、水泳部がデモンストレーションで泳いでいた。その中に一際美しいプロポーションで、無駄の無い泳ぎをしている少女がいた。一目であずさとわかる。
「あずさちゃん、前の学校ではテニスやってたのに……何で水泳に」
 わかばは信じられないように呟くのだった。
「じゃ、俺は行くよ」
 下心丸出しの明人が理科室を後にする。風雅と二人きりになった理科室でわかばは頭を抱えている。
「もう、わかんないよ」
「大丈夫……絶対にいるから」
 風雅は自信ありげにわかばに言うのだった。