おジャ魔女どれみNEXT
第6話「ももこの微風」
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 アメリカ、ニューヨーク。とあるジュニアハイスクールの駐輪場から、金髪を後ろで二つのリング状に束ねた少女がマウンテンバイクを押しながら出てきた。
「ももこ〜」
 少女は呼び止められる。飛鳥ももこ、それがその少女の名前だった。振り返ると少女が3人駆けて来た。その内の活発そうな少女が話しかけてきた。
「ももこ、もう帰えちゃったかと、思ったよ〜」
「どうしたのべス、息切らせて」
 その少女ベスにももこは不思議そうに尋ねる。
「飛鳥さん、授業が終わったらすぐに帰ってしまうから…」
 日本人のさちこという少女が説明して、その後ろから、金髪のロングヘアの少女メアリーが出てきた。
「ももこ、チケットが手に入ったのよ!」
 ももこは2年前まで、ここニューヨークに住んでいたが、父親の仕事の関係で2年間日本で暮らしていた。そして今年の4月から再びニューヨークに戻ってきた。ベスとさちこ、そしてメアリーは、学校でももこと仲のいい友達グループだった。
「そ、それはーーーっ!」
 ももこはそのチケットを指さして大袈裟に驚く。
「そう、カレイドステージのチケットだよ。メアリーがやっとの事で手に入れてくれたんだよ〜」
 ベスが興奮して言う。
「次の日曜日。題目は人魚姫。主演は新人さんなの」
 さちこが嬉しそうに言う。
「わかった、次の日曜日は休みを貰うよ…ごめん、時間だから行くね」
 ももこはそう言って、自転車に跨る。
「うん、ももこ頑張って!」
 ベスは手を振った。ももこは頷いて自転車を走らせた。

 ももこは心地よい風を切って、自転車で目的地を目指す。それは小さなお菓子屋さんだった。ももこは店の横手に自転車を停めて、店を見上げた。
「この街に戻ってきて…半年になるんだ」
 ももこは呟いて、この店との再会の事を思い出していた。

   二年ぶりに、ニューヨークに戻り、親友のベスと共にジュニアハイスクールに通いだし。二年前は、仲の悪かったメアリーとも、今ではよき友となっていた。全てが順調に思えたが…。
「五月病って本当にあるんだ…」
 五月に入って、ももこは急に淋しさを感じた。二年間、当たり前の様にいつも一緒だった大親友であり仲間はみんな海の向こうなのだ。こちらの生活が落ち着いて来て、その事を実感した。
「どれみちゃん達…どうしてるだろう」
 共に同じ時を過ごした親友の名を口にすると淋しさがさらに膨らんでくる。どうしようもないのだが…その淋しさを紛らわす様に街を歩いた。いつの間にか…一軒の小さなお菓子屋さんの前に居る自分に気がついた。
「悩み事があると…引き寄せられるんだったね」
 ももこは思い出したように呟いた。そこはももこの魔女、そしてパテェシエの師匠であるマジョモンローの店だったが、彼女は二年前に他界していた。ももこは思い出のたくさん詰まったこの地に足を運ぶ事を無意識の内に躊躇っていた。ももこはマジョモンローに申し訳無さそうに店を見上げた。
「遅くなってゴメンね……あれっ」
 ももこは店に明かりが灯っている事に気がつき驚いた。
「引き継ぎの魔女が決まったんだ…」
 そこは後任の魔女が来ていて、すでにももことマジョモンローの店では無いのだった。ももこは俯いて、この場を立ち去ろうとした。その時、店の扉が開いた。客が出て来たのだ。開いた扉から、あの頃のままの懐かしい店内がももこの目に飛び込んで来た。そしてカウンターの後に白い調理服に金髪の魔女の姿が見えた。ももこは無意識の内に叫び、走り出していた。
「マジョモンロー!」
 その姿は、ももこの思い出の中のマジョモンローそのものだった。呼ばれて振り返ったそのパテェシエ魔女とももこの目が合った。その魔女は呟いた。
「ももこ…?」
 ももこは足を止め、その魔女を見上げた。
「…マジョバニラ」
 その魔女の名前を呟き黙り込んでしまう。それはマジョモンローとは姉妹の魔女で、元老院のマジョバニラだった。彼女は魔女界で一流のパテェシエ魔女でもあった。

 客足も無くなり、静まり返った店内。テーブルに無言で座っているももこにマジョバニラはケーキと紅茶を持ってやって来た。そしてももこの正面の椅子に腰を下ろした。
「マジョモンローの事を思い出させてしまったか?」
 マジョバニラの言葉にももこは首を振って否定する。決してマジョモンローの事を思い出すのが悲しいのでは無い。マジョモンローとの楽しい思い出を思い出すと、もうそれが過去の事であると思い知らされる…それが辛かった。もちろん彼女の死は受け止めている…しかし、淋しさを感じていた今のももこにとっては…。そんな気持ちを気付かれないようにと、ももこは笑って見せた。そして尋ねる。
「マジョバニラさんは、ここで何をしているんですか?」
 その問いに対しマジョバニラは、遠い目をして答える。
「私が長年研究していた“幻のレシピ”も完成した、魔女ガエルの呪いも解けた、、全てお前のおかげだ……私は、そんなお前を育てたマジョモンローの気持ちを知りたくなったんだ。ここで店をしていれば、何かがわかると思った」
「元老院の仕事は?」
 ももこは尋ねる。
「もちろん、ある…掛け持ちと言う事になる。実はももこに手伝って欲しくて、待っていたんだ…来てくれるのを」
「えっ」
 ももこはなかなかここに来れなくて申し訳なさそうに俯いた。
「手伝ってくれるか?」
 マジョバニラは確認してくる。ももこはしばし考えた、そして慎重に口を開いた。
「条件があります」