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「もう一度お願いします」
おんぷは尚も監督に食い下がるが、
「この撮影は後日に回そうか。次はシーン21」
監督は次の指示を出し始めた。おんぷは手を握り締め立ち尽くしていた。
「おんぷちゃん、ごめんね…監督、あんな人だから…適当に監督が納得するような演技をしてあげてね」
すぐさま助監督がおんぷの所に飛んできて言う。しかしおんぷはその言葉に耳を傾けず…。
「わかったわ…やってやるわ…必ず」
おんぷは独り言の様に呟いて、何かを決意していた。
「その監督、ひっどい〜」
歩きながらおんぷの撮影の話を聞いたどれみは叫んだ。
「でも監督の言う事も一理あると思うの…私は役に求められた事を完璧にこなす。それがプロの仕事でしょ」
「さすがおんぷちゃん。尊敬しちゃうよ〜」
どれみはおんぷを拝んでみる。そんなどれみにおんぷは苦笑いしつつ告げる。
「今回は経験が無いからって、私がみんなの足を引っ張ってしまったの。だから無い物は手に入れるしか無いの…それでどれみちゃんに協力して欲しいの……こんな事、どれみちゃんにしか頼めない」
「えっ?」
どれみは首を傾げた。仲間内でも大人びていて、何でもこなして、問題も自分一人で解決してしまうような強い印象のおんぷが、弱みを見せる。これはよっぽどの事だと、どれみは感じ、当然の様に頷いて見せた。
「おんぷちゃん。私にできる事ならなんでも協力する」
「ありがとう。どれみちゃん」
おんぷは嬉しそうに言った。
「じゃ、どれみちゃんに聞かせてほ…」
「準備が必要だから、明日の土曜日、空いている?」
どれみが何かを思いついて言う。
「明日はお昼からファミファミサタデーの収録があるだけだから…午前中なら」
ファミファミサタデーはおんぷがパーソナリティをつとめるラジオの生放送番組だった。
「じゃ、午前9時に美空駅前に!」
どれみはそう言うと走って行ってしまった。
「どれみちゃんの恋愛のお話を聞かせて欲しかっただけなんだけどな…」
おんぷは首を傾げて言う。
翌日。秋晴れの土曜日。おんぷは指定の場所でどれみを待っていた。しかし待ち合わせ時間を10分過ぎてもどれみは姿を見せない。
「どれみちゃん…どうしたんだろう」
どれみはドジが目立つので、何か事故にあったのではと心配になってくる。
「ごめん、ごめん〜」
しばらくして、声がした。どれみの声だが、わざと低い声で喋っている感じだ。おんぷは声の方を向いた。そしてどれみの姿を見て驚く。どれみは男装していた。どれみはすっかり男の子になりきって言う。
「ほんと待たせてゴメン。今日は一日、言う事聞くから許してぇ〜」
「それじゃ、まずは映画からね」
おんぷはどれみの行動の意味を理解し、どれみの彼女を演じ、歩き出した。どれみはそれについて行く。おんぷは小声でどれみ問う。
「その格好、どうしたの?」
「ようこちゃんに頼んで、じゅんじ君の借りたの」
万田ようことじゅんじは双子の姉弟だった。
「そっか…お手数お掛けします」
「何言ってんの、今日はボクがおんぷちゃんの彼氏だからね!…って、おんぷちゃんのファンに知れたら大変だね」
二人は映画を鑑賞した。どれみはおんぷを優しくリードしてくれた。おんぷはどれみが女の子である事を一瞬忘れそうなる。
“最初に遅れてきたのも…わざとね。私が甘えやすくする為に”
映画館の暗闇の中、おんぷは嬉しそうに微笑み、隣の席のどれみの顔を見る。それが寝顔だったので、おんぷはさらに笑みをこぼした。
映画が終わって、おんぷはどれみを待たせて、携帯で何処かに電話をしている。
「それじゃ、お願いね。ちゃんとやってよ」
電話の向こうで、騒いでいるのを無視しておんぷは電話を切って、どれみの方へ行く。その時のおんぷは、今のどれみともっと一緒に居たいと感じていた。
「おんぷちゃん、ラジオのお仕事は?」
「大丈夫よ、信頼できるピンチヒッターを立てたから。さ、行きましょ、春風君!」
おんぷはそう言うと、どれみの手を引っ張る。どれみが戸惑っていると、
「今日は何でも聞いてくるれるんでしょ」
おんぷは悪戯っぽく笑ってみせる。
「当然!」
そう言ってどれみも歩き出す。二人が歩いていった横の道路で車が急停車する。窓を開けて歩道を覗き込んでいるのは、パパラッチカメラマンの鷲尾だった。
「瀬川おんぷと…あれは…」
鷲尾は車をUターンさせた。
おんぷとどれみは水族館にやって来た。
「春風君、あれっ、そっくりよ」
おんぷはフグを指さして言う。
「そりゃ無いよ、ぷっぷのぷー!」
“カシャ”
おんぷの携帯電話のカメラだった。
「ゲット」
「ひどぉ〜」
どれみはおんぷを追いかける。おんぷは普段と違い、子供の様にはしゃいでいた。
「この水槽には何が居るの?」
「えっ…何も居ないね……何も居ないんじゃないの〜」
おんぷに言われて、どれみは水槽の分厚いガラスに顔をくっつけて、水槽の中の生物を探していた。
“カシャ”
またおんぷの携帯電話のカメラだった。
「ちょっと、さっきから変な顔ばっかり〜」
「待ち受けにしよっと〜」
おんぷは逃げるように次の水槽に行く。次の水槽で二人は目が点になる。
「マジョリカぁ〜」
二人は声を揃えた。そこには太った緑色のカエルが入っていた。二人はそれに声を出して笑いあった。
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