おジャ魔女どれみNEXT
第18話「まさる不機嫌」
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 5月。連休明け。美空市にある有名なお嬢様学校カレン女学院。その校門前は放課後の下校時間ともなると、同じ制服姿の女の子達で溢れる。そこに一人、異質な存在があった。この場合、彼が男と言うだけで異質なのだ。それは同じ市内にある公立中学校、美空中の制服。これと言って派手さは無い普通の黒の学生服だ。それを第三ボタンまで開けて、白のカッターシャツを露出させ、両手はズボンのポケットに入れ、校門前の道沿いに植えられている街路樹の一本にもたれ掛かって不機嫌そうな顔をしている。彼の名は矢田まさる。ある人物を持っているのだが、道行く女子校の生徒達がまさるの姿を見て、ヒソヒソと何やら小声で話しているを見えて、ついつい不機嫌な顔をしてしまっているのだ。
「もしかして、矢田君?……どうしたの?」
 突然、控えめな声が街路樹越しに聞こえてきた。まさるが振り返ると、そこには知っている顔が二人。
「とびっきりの美少女二人が声をかけているんですから、もっと嬉しそうな顔は出来ませんの」
 もう一人の方の少女がヒステリックに言う。最初に声をかけた方の少女は苦笑いしている。二人は伊集院さちこと玉木麗香。まさるは玉木を無視して、さちこの方を向く。
「あ、あのさ」
「藤原さん?」
 さちこはまさるの言いたい事を先に言う。まさるの目当てがさちこ達と同じカレン女学院に通っている藤原はづきであるという事は、元美空小の生徒にとっては至極当然の事なのだ。まさるは若干照れながら頷く。
「藤原さん、今日は急いで帰っていったから……たぶん」
 さちこの説明に麗香が続ける。
「月に一,二度ありますのよ。何でも瀬川さんの事務所に行ってるらしいですわ。まさか、わたくしを差し置いて芸能界デビューする気じゃありませんのっ」
 何故か麗香は悔しそう。それは無いだろうとさちことまさるは思っていたが、特に口にはしなかった。
「瀬川の事務所か……ありがと」
 独り言の様に呟いて、まさるは歩き出す。
「藤原さんがデビューできるのなら、ワタクシは既に500回はデビューできている筈ですわ。こうしてはおれませんわ。お父様のコネでっ」
 まさるを見送りつつ、妄想をエスカレートさせている麗香を心配そうに見つめるさちこだった。ここまで来ると声もかけられない。

***

 繁華街に差し掛かった辺りで、ふと、まさるは足を止めた。
「瀬川の事務所って何処にあるんだ?」
 それは恐らく、アイドルの瀬川おんぷの所属する芸能プロダクションの事務所の事だろう。瀬川おんぷは小学校時代の同級生だったが、アイドルに疎いまさるがその場所を知っている筈が無い。いや、普通の人でもほとんど知らないと思う。まさるは気だるそうにキョロキョロと辺りを見渡してみる。電話ボックスがある事に気付いた。ポケットの小さな財布から10円玉を取り出し握り締める。
「あいつなら知ってるかも」
 と呟くが、すぐにムカっと来て、思わず電話ボックスを“ガンッ”と殴ってしまう。ガラスで覆われた電話ボックスが微かに揺れる。まさるは自分の家の番号しか覚えていないのだ。手帳等の類いも持ち歩いていない。生徒手帳に友人のアドレスを記入する欄があるが、そもそもまさるは生徒手帳を開いた事が無い。まさるはそんな役に立たない自分にちょっと腹が立ったのだった。まさるはグダーと電話ボックスの隣に座り込んでしまう。そこに……。
「矢田じゃねーか、何してんだ」
 長身でだるそうに話しかけてくるのは同じクラスの長谷部たけしだった。他のクラスメートから二人はケンカ仲間という認識をされていたが、二人とも腕っ節が強いだけで、しょっちゅうケンカしている訳では無い。
「別に……」
 まさるの口癖だった。
「ははーん、電話しようと思ったけど、10円無かったんだな。貸してやろうか10円。ちょっと利子高いけどな」
 長谷部は茶化すように言う。まさるは立ち上がり、長谷部を睨みつける。
「帰れよっ」
「はぁ、何だとぉ」
 上から見下すように長谷部がまさるに威嚇してくる。二人は今にもファイトを開始しそうだった。そこに。
「お前等、やめろぉー」
 遠くから叫ぶ声が聞こえる。自転車を飛ばして走ってきたのは部活帰りの小竹哲也だった。小竹は自転車から降りて二人の間に割って入る。
「ケンカなんてくだらぇ」
「じゃ、歌うのか?」
 まさるがポツリと言うと、長谷部は思い出したように言う。
「歌ん中でしか告れないんだよな、お前っ」
「放っておけぇ」
 小竹は思わず叫んでしまう。しかし、小竹のおかげで、一緒に小竹をからかう事で長谷部とまさるの一触即発の雰囲気は無くなっていた。まさるは小竹を見て、ハッとする。
「小竹、お前、中田んちの電話番号知ってるか?」
 まさるが電話しようと思っていた相手は“中田ごうじ”。小学校3,4年の時のクラスメートだった。今も同じ美空中だが、クラスは違う。それは小竹も一緒だった。
「俺が自宅以外の番号を覚えていると思うかっ」
 小竹はさも当たり前の様に言う。すると長谷部がニヤニヤして言う。
「でも、生徒手帳の書いてあるんだろ、春風の家の電話か携帯の番号」
「お前、見たのかっ、俺の生徒手帳っ」
 小竹は焦って制服上着の胸ポケットの中を確認する。どうやら図星らしいので長谷部がさらにからかおうとするが、まさるがそんな長谷部を押し退けて、小竹を電話ボックスに押し込む。
「家に小学校の時の連絡網とかあるだろ、聞いてくれよ。今、どうしても中田に連絡しなきゃいけないんだっ」
 焦っているのか、怒り気味かつ強引にまさるは言いいながら、ずっと握っていた10円を公衆電話に入れて小竹に電話するように促す。小竹は仕方無さそうにダイヤルを押していく。しばらくして回線が繋がる。
「もしもし、母さん、俺俺っ」
「何、詐欺してんだよっ」
 と言いながら“スパンっ”と長谷部が小竹の頭を殴る。巷で話題の“俺俺詐欺”の出だしと同じだからだ。
「ごめん、騒がしくて、哲也だよ。あのさ、小学校の時の連絡網みてさ、4年の時、一緒だった“中田ごうじ”んちの電話番号教えて欲しいんだけど」
『あっ、ジーコ君ね』
「違う、それは“伊藤こうじ”だっ」
 勘違いした母親に小竹は即座に突っ込む。そしてまさるにメモの用意を促す。こうしてまさるは中田の電話番号を得る事できた。