おジャ魔女どれみNEXT
第21話「ゆき先生憂鬱」
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 雨音が幾重にも響き合い、その耳障りなノイズも普通になってしまう梅雨の時期。学校には雨の為に外に出れず悶々と授業合間の休み時間を教室で過ごす子供達。ここ、美空第一小学校でも同様だった。外で遊べない分話し込む事が多くなり、それに比例して増えるのは噂話だった。特に女の子は年齢に関係無く噂話が好きで、四年生の教室の窓際の席で、春風ぽっぷは友人達が披露し合っている噂話の数々に耳を傾けていた。今日の噂話のテーマは保健のゆき先生だった。優しくて、時にキリリとはっきり物を言い、カウンセリングで多く児童や先生の悩みを聞いたりと、学校中からの信頼が厚く、スキャンダルには一番遠い先生と思われていた。それだけに何かあると物凄い勢いで盛り上がる。
「今朝、職員室に日直日誌を取りに行った時にね、ゆき先生、教頭に呼び出されてて…『子供達の健康を預かるあなたがぼけっとしてたら駄目じゃないですかっ』って怒られてた。ゆき先生、申し訳ありませんって何度も謝ってて可哀相だった」
 一人の女の子が今朝の職員室の様子を語ると、別の女の子が思い出した様に言う。
「前に転んで足を擦りむいた男子が、ゆき先生に腹痛の薬出されたって言ってた」
「私は保健委員の仕事で、放課後に保健室に入った時、ゆき先生、物凄く驚いてた」
 と、次々にゆき先生の不審な点が出てくる。これらの事から推論が展開し、想像妄想の枝葉が付け加えられ話は思いもよらぬ方向へ進んでいく。それに耐え兼ねたぽっぷが口を挟む形で噂話を中断させた。
「みんな、ゆき先生の事、好きでしょ。だったら憶測だけで、無責任な噂を流しちゃ駄目だよ」
 ぽっぷの言葉は女の子達に反省の意を呼び起こす。でも、中には納得できない子も居て、ぽっぷを不満そうに見つめている…。
「確かに最近のゆき先生は少しおかしい気がするけど……。それじゃ、私が直接ゆき先生と話してくるから、中身がはっきりするまでは、この話はしない事。良いね」
 ぽっぷは問題の究明を約束し、これ以上の噂の拡大を止めるのだった。女の子達はぽっぷちゃんが言うならとぽっぷを信頼していたので、それ以上何も言わなかった。この様にぽっぷは学校に於いて類い稀なるリーダーシップとカリスマを放っているのだ。本人に言わせると他人よりちょっとだけしっかりしているだけで、自分はまだまだ甘えん坊だとのこと。

***

 放課後。美空中学の旧校舎三階の一室にあかりが灯っていた。そこは魔法を始めとした不思議現象を研究するクラブ、魔法研究会の部室だった。部員はギリギリの五人。今、部室にはその内の二人の女の子がいて大量の書物を前に調べ物をしていた。
「他のみんなはどうしたんですか、部長」
 小柄な一年生の冬野そらが赤いお団子頭を抱えつつ難しい書物をうんうん唸りながら読んでいる部長こと春風どれみに尋ねる。どれみは書物から顔を上げて答える。
「りずみちゃんは芸能界のお仕事。めい先輩は生徒会。なつみちゃんは……知らない」
「そうなんですか……」
 と、確認したそらは何かもじもじしている。どれみはそれを気に止めず書物に目を戻す。
“春風部長と二人きり。聞くなら今しかない。言わなきゃ……言わなくちゃ”
 そらは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。そして……。
「春風部長っ……あの、その」
 でも、名前を呼んだだけで勢いが消えてしまう。
「何、そらちゃん」
 どれみは書物に目線を送ったまま答えるけど、なかなか返事は戻って来ない。真っ赤になり俯いてしまったそらはいたたまれなくなり、ガタっと立ち上がる。
「これ、実際に実験出来そうなページをチェックしておきましたから」
 と、早口に言い、大量に付箋を貼ってある本をどれみに差し出す。そして……。
「今日は、ちょっと用事あるんで、これで失礼しますっ」
 真っ赤な顔でそう言い、一礼して鞄と傘を手に足早に部室を出ていくそらを見つめつつどれみは首を傾げる。一瞬、何事か理解できないでいた。
「お疲れ様〜」
 と、手を振るのが精一杯のどれみは部室の隅の虚空に言葉を投げ掛ける。
「井戸さん、私、そらちゃんに何かしたかなぁ」
 すると、どれみの心に響く様に返事が返ってきた。ただしやる気の無い返事だ。
“そんなの知らないわよ〜”
 彼女は部室の窓の下にある古井戸に住んでいるユウレイで、どれみとは何かと腐れ縁だった。どれみはそらの行動が理解出来ず、ただ戸惑うだけだった。

***

 一方、どれみが首を傾げている頃、妹のぽっぷは美空小の保健室の前に来ていた。
“ゆき先生に限って、何かあるなんて筈がないよね”
 それはある程度の事情を知る者だからこその確信だったのだが……。
「失礼しますっ。ゆき先生……」
 と保健室の扉を開いたぽっぷに対して、ゆき先生の取り乱し様はぽっぷの確信を果てしなく脆い物に変えてしまう。
「あら、ぽっぷちゃんだったの、どうしたのこんな時間に」
 ゆき先生はズレ落ちていた眼鏡をかけ直し平常を装う様に尋ねてきた。
「ゆき先生、結婚して学校辞めちゃうって本当?」
 と、ぽっぷが質問すると、ゆき先生の眼鏡が一瞬で曇り、パキっとヒビまで入る。
「だっ…誰と誰が結婚するっていうの……それに相手がいませんよ」
「それじゃ、怪しい植物を育てて一儲けしてるとか……その事が誰かにばれて脅されてるとか」
 と矢継ぎ早に尋ねてくるぽっぷに対し、ゆき先生は眼鏡を外し優しい視線真っ直ぐに送り、確認する。
「私がそんな事すると思いますか」
「だよね〜」
 ぽっぷは安心したように納得する。ゆき先生はいつの間にか修復された眼鏡を再びかけながら呟く様に言う。
「今、子供達の間ではそんな噂が飛び交っているのね。ぽっぷちゃん教えてくれてありがとう」
「でも、何も無くて噂にはならないと思う。ゆき先生、何か心配ごとがあるんじゃ」
 ぽっぷが心配そうに言うとゆき先生は申し訳なさそうな表情を見せる。
「本来、子供達の心配ごとを取り除いてあげるのが、私の役目なのにね。逆に心配されるなんて失格ね」
「……ゆき先生」
 それでも、何かをごまかそうとするゆき先生にぽっぷは悲しそうに呟いた。