おジャ魔女わかば
第1話「わかば、魔女に会う!」
1/5
“ゲロゲロっ…ゲロゲロっ…”
 どこまでも続くと錯覚しそうな広大な森林。その奥に大きな沼があった。その濁った水中と周辺でカエル達が忙しなく鳴いている。その声に関係しているのかいないのか、空はドンヨリと重たい雲に覆われつつあった。そんな沼の横を少女が両耳を塞ぎながら駆け抜けていく。少女は長い深緑の髪を左右にポニーテール、いわゆるツインテール状に結っていて、そのツインテールが必死に走る少女の動きによって、まるで別の生き物みたいに動いている様に見える。

“ここの春は居心地が良いから、次の春にはまた来るわ”
 走り続ける少女の心に優しく声が響く。それは言い聞かせるように微笑む赤い尖がり帽子を被った女性の顔と共に心に浮かんできた。少女はゆっくりと足を止め、息を切らしながら呟いた。その表情はどこか思いつめた感じだった。
「あれから…もう一年になるんだよ。わかばは…キキとの約束守って…ちょっと挫けたりもしたけど…頑張ったんだよ。だから、会いたい……会いたいよキキ」
 この少女の名前は桂木わかば。一年前、この広大な森で迷子になってしまった時に偶然出会い助けてくれた不思議なキキという人物の言葉を頼りに、今一度の再会を願い、彼女を捜しているのだった。

***

 ここは緑多き街、虹宮(にじのみや)市。港町神戸と大阪北の中心梅田の2大都市のちょうど中間に位置する中規模な街である。中心街から北へ長い坂道を登って行くと虹宮北小学校という斜面を階段状にして運動場と体育館、そして校舎が並んでいる小学校あり、その裏には広大な森林が広がっていた。春の夕暮れ、二人の男子児童が何かを捜す様にこの森の中を歩いていた。
「絶対、ムリ、ムリムリ…この森の大きさは俺らが一番良く知っているんだから」
 無造作に立っている髪の毛を押さえつける形で後ろ向きに帽子をかぶっているやんちゃそうな少年・佐橋亮介が文句の様に“ムリ”を繰り返しながら森を先々進んでいく。
「言っている事とやっている事…違っているんじゃない?」
 亮介の後ろを物静かな少年・羽田勇太がついて行きながら言う。
「いや、俺は別に、桂木の為とかじゃ無くて」
 亮介は顔を赤くして必死に言う。
「わかってるって。面白そうだから、わかばちゃんに協力している。ただそれだけだよね」
 勇太は、まるで扱いに慣れているかのように亮介の心境をコントロールする。亮介は複雑そうな表情を浮かべるが、すぐに疑い深げに問いかける。
「でも…本当に居るのか?…桂木が一年前にこの森で見たっていう“赤い尖がり帽子の空飛ぶ小人”ってのは」
「声を聞いたら、すぐに撃墜される謎の新兵器。しかも赤いから通常の3倍の速度がでるって奴?…もしくはネコが天敵な小人の宇宙人?」
 勇太は真面目な顔をしてボケてみる。亮介はそれにどう対応して良いのか分からず、とりあえず苦笑いして受け流す。
「いや、そうじゃなくて…一年前って言えば、桂木んちって…」
「亮っ!」
 勇太は叫んで、亮介の言葉を止めさせた。そして真剣な表情でゆっくりと言う。
「わかばちゃん、クラスでどんなにバカにされても、この事だけは退かず、絶対いるって言ってた。あの引っ込み思案で、あまり自己主張しないわかばちゃんが」
 勇太の言葉に済まなさそうにしていた亮介は頷いて言う。
「桂木は嘘がつけるような奴じゃ無いからな。だったら、俺らが証明してやるしかないもんな」
 という亮介に勇太は頷いた。二人はわかばの幼馴染だった。今日はわかばに協力して、この広大な森林で小さな未確認生物UMA(ユーマ)捜索をしていた。

 しばらくして勇太と亮介は何の手がかりもつかめないまま、別行動で捜していたわかばと合流した。わかばの方も手がかりが無いと言うのは、わかばの表情を見ると勇太達にもわかった。勇太は黒い雲が広がりつつある空を見上げながら言う。
「今日はそろそろ終りにして帰らない?雨も降りそうだし」
「二人とも、ごめんなさい。…それからありがとう」
 消え入りそうな小さな声でわかばは言う。それを返事と受け取った亮介が歩き出して言う。
「それじゃ、帰るか。あまり遅くまで桂木を外連れ回していると、かえでが怒るからな」
「そぅ…だね」
 勇太は苦笑いしながら答える。わかばは無言で勇太と亮介の後に付いていく。3人は森の中に人工的に作られた道を使い迷う事無く森を抜け、学校の裏側に出た。そして街の方へと長い坂道を下って行く。ずっと黙ってしまって元気の無いわかばに亮介は元気付けようと話しかける。
「桂木さ、先週の弥生先生への自己紹介の時、夢は図鑑に載ってない生き物、未確認生物を捜す事だって言ってよな。」
 それはわかば達4年2組にやってきた新任の女性教師に児童一人一人が自己紹介をした時にわかばがガチガチに緊張しながら言った言葉だった。その事を思い出したのか、わかばは顔を赤くする。そんな事お構い無しに亮介は続ける。
「上手く言えないけどさ、それってさ、すごく立派な事だと思うぜ」
「ありがとう…佐橋君」

 坂道を降りきった3人は十字路で別れる。それぞれ家の方向が違うのだ。
「じゃ、また明日、学校でな」
 亮介はそう言って、わかばに手をふって帰ってく。
「じゃ、行こうか」
 勇太はもう少し、わかばと同じ道だったので、わかばにそう言って歩き出す。わかばは道に沿って植えられている桜の木を見上げていた。それは所々に緑が目立つ葉桜の状態だった。
“春が終わっちゃう”
 急に焦りがわかばの中に込み上げてきた。

 わかばと勇太はお互いに大好きなヒーロー番組、バトルレンジャーの話をしながら家に向かって歩いていた。二人の家は比較的に近所で、幼稚園の送り迎えをわかばの母親と勇太の母親が交互に行っていたと言う事もあり、その頃からの付き合いだった。亮介は勇太が小学生に上がってから、妙にウマが合い出来た親友で、わかばは勇太繋がりで亮介と友達になった。その亮介が同じく近所付き合いの腐れ縁でくっ付いてきたのがかえでという面倒見の良い少女だった。わかばは亮介を通じてかえでと友達になった。