おジャ魔女わかば
第4話「黒い妖精」
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 今回の“おジャ魔女わかば”は京都にある和菓子のお店、その名も『魔法堂』から話を始めよう。土曜日の朝。開店準備の和菓子の仕込みに大忙しの店内厨房。長い黒髪を束ね白いパテェシエ服に身を包んだ少女、日浦あずさは慣れた手つきで餡をお餅に包んでいく。あずさの師匠魔女の魔女ガエル、マジョリーフは芸術作品の様な手の込んだ和菓子を作っていた。マジョリーフの妖精モモは店内の掃除中。あずさの妖精ルルは小さな体で和菓子の材料を運んであずさの元へ行く。
「ルルっ」
「ありがとうルル。そこに置いておいて…」
“ガシャーン”
 突然、陶器の割れる音が厨房に響く。ルルがテーブルに積んであったお皿を引っ掛けて落として割ってしまったのだ。
「ル……ルルゥ」
 ルルは割れたお皿を見ておどおどしている。
「またルルなのぉ」
 店舗の方からモモの呆れた声がする。マジョリーフは無言で作業を続けていた。あずさはルルに声をかける。
「怪我してないわね、ルル。今、手が離せないから、自分で片付けて」
 すると、モモがスゥーっと飛んできて、チリトリと箒をルルに手渡しながら言う。
「ほんと、お皿キラーね、あなた」
「モモも小さい時はたくさん割ったわ」
 マジョリーフはポツリと言う。
「そ、そうだっけぇ?」
 モモは風向きが悪くなったので、そそくさと店舗の掃除の方へ戻って行った。あずさはあまり表情には見せないが、このほのぼのした雰囲気が好きだった。
 妖精は主人の魔女に似る場合が多いと言われるが、あずさの妖精ルルは大人びて冷静で何でも完璧にこなすあずさと違い、のんびり屋でかなりドジっ子だった。ただ、まだ幼いという事で、あずさ達も暖かく見守っていた。

***

 さて、虹宮の占い屋、魔法堂にもドジっ子がいた。
「ん〜、そうじゃな、おやつにドーナツをたくさん出してみろ」
「了解っ」
 魔女修行の一環として、魔女ガエルの師匠マジョミカに言われ、緑色の魔女見習い服に身を包んだ少女、桂木わかばはピピーレンポロンをクルリと振ってメロディーを奏でる。
「ポリーナポロン プロピルピピーレン ドーナツたくさん出てきてぇ〜」
 わかばのポロンから音符状の粒子が飛び出して部屋の天井で弾けた。
“ボコボコボコボコ……”
 その直後、天井から小さな物体が大量に降ってきて、それが床やテーブルに当たって大きな音を立て始める。それは小さな金属物質のようで、室内の物をどんどん破壊して行く。
「ちょっと何よ、これっ」
 謎の金属の雨の中をマジョミカの妖精キキが必死に逃げ回っている。
「わかば、いったい何を出したんじゃっ」
「ドーナツの筈なんだけど」
 わかばは頭を庇いながら逃げ回って言う。
「ドーナツが上から降ってきて、床に穴を開けるかっ」
 マジョミカは謎の小物体に撃ち抜かれた床を指差して言う。そんなマジョミカの頭に雨が命中して、気を失って倒れてしまう。魔女ガエルの頭がお餅の様に膨らんでタンコブになる。
“カンカンカンカン”
 そこに金盥(かなだらい)が飛んでくる。それを傘代わりにわかばとキキはホッと息をつく。
「シシ、助かったわ〜」
 金盥を運んできたのはわかばの妖精シシだった。謎の雨はかなり小降りになってきた。わかばの魔法が切れ掛かってきたのだ。それでも謎の雨に打たれてボコボコに変形していく金盥を気にしながら、わかばは雨粒を一つ摘み上げた。
「これって…ピーナッツ?」
「でも、銅で出来てるみたいね」
 キキがその質感を見て言う。
「…クルミ、アーモンドもあるよ」
 わかばはさらに2,3個拾い上げてみる。
「全部、堅い殻を持っていて、食用とされる果実ね。まとめてナッツって、もしかして……銅で出来たナッツで、ドウナッツ?」
 キキは言いながら呆れてしまう。無口になる一同。そんな中、耳障りな金属のぶつかり合う音がしばらく続くのだった。

「まったく、どんだおやつになったもんじゃ」
 マジョミカは頭のタンコブを気にしながら、カンカンに怒って言う。
“パチン”
 指を弾いて発動したマジョミカの魔法で壊れた店内がみるみる直っていく。
「魔法はこう使わんかいっ」
 ド派手な失敗をしでかしてしまったわかばはシュンとしていた。
「でも、さすがに、こんなんに降ってこられたら、打ち所悪かったら死ぬわよね」
 キキが銅の塊をもてあそびながら言う。
「まったくじゃ、シシが金盥を持って来てくれなかったら、わしら今頃…蜂の巣じゃなっ。まったく、妖精はこんなに気が利いて利口なのに、なんでその主は何で…」
 マジョミカの小言にわかばは何も言えず俯いたままだった。

***

 再び京都の魔法堂。土曜の昼間だけあって、店は入店に行列が出来るほど混雑していた。数時間してそのピークも過ぎ、客足も疎らになってくると、マジョリーフが魔女ガエルになる前の本来の魔女の姿に変化したモモが店に出てくる。妖精は主人の姿に変化する事ができるのだ。モモはあずさに言う。
「じゃ、あっち、よろしくね」
 店番をしていたあずさはモモと交代し、厨房に入る。夕方に向けての仕込みを始める為に。
「ルンルンルルルル…」
 ルルは鼻歌交じりに皿洗いをしていた。自分の体より大きなお皿が相手なので、ルルは忙しなくあっちこっち飛び回っている。その危なっかしい動きで、流しの側に置いてあった洗剤の容器を倒してしまう。倒れた洗剤からコポコポと中身が流しに流れ込んでいく。
「ルルゥ〜」
 流しの中に泡が溢れていき、さらにシャボン玉になって、どんどん飛んで行く。その綺麗な様子をルルは面白そうに見ていた。
 フワフワとシャボン玉が飛んできてマジョリーフの頭に触れて弾ける。マジョリーフは和菓子に細かい模様細工を施している所で、その手が止まる。
「ルル、何をしているっ!」
 マジョリーフは突然、怒鳴りつけた。ルルはビクッと飛び退いて、目に涙を浮かべる。あずさも初めてマジョリーフが怒った所を見て、少し驚いている。ルルはあずさの方へ飛んで行って、胸に飛び込む。
「……ルル。今のは、ルルが悪いわ」
 しかし、あずさはルルを冷たく突き放した。 「ルルゥ…」
 ルルは大粒の涙を撒き散らして、魔法堂を飛び出して行った。