おジャ魔女わかば
第7話「死なないでマジョミカ」
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 上空から見ると二重丸に見える建物、手にしている地図の記号と一致する。かなりの速度で飛ばしていた箒を急停止させと、緑のツインテールが慣性の法則で、前へ飛んでいく。そんな事に気を配っている暇は無いという感じに箒を降下させていく。実にテキパキとした動きだった。桂木わかば、7級魔女見習い試験の終盤、この建物が箒を使った魔女界オリエンテーションの最終チェックポイントだった。
「全部、マジョミカの言うとおりだった。えぇ〜っと、ここでする事は…」
 わかばは昨日から50回近く、師匠のマジョミカに、この試験のシミュレーションをやらされていたので、次に何をすれば良いのか、体が覚えてしまっていた。だから、いつもより俊敏な動きを見せていたのだ。
 暗い建物内で蝋燭の淡い光に包まれ、その光がわかばの腕に収束する。そこには3つ目の腕輪が出現する。それは同時に試験の終わりを意味していた。

「わ・か・ば・ちゃ〜ん、ごぉおかぁ〜くぅ〜」
 モタがいつにもましてゆっくりな口調で宣言する。
「おめでとぉ〜」
“チリンチリンチリンチリン…”
 大柄で声の高いのモタモタが同じくゆっくり口調で鐘を鳴らしてくれている。そんな二人の試験官魔女の前にスコップに乗った魔女ガエルが飛んでくる。何やら企んでいる顔だ。
「制限時間の三分の一での合格は新記録では無いのかのぉ〜」
 元魔女教師のマジョミカは魔女見習い試験も担当した事があり、出題傾向から過去の試験のデーターまで、豊富な情報を持っていた。つまりわかばの今回の試験は歴代でも最短時間での合格という事になるのだ…マジョミカの持っているデーターでは。
「確かにぃ…わかばちゃん、早かったわねぇ〜」
「わかばちゃんってぇ…どちらかと言うと、私達と同じかなぁ…って思っていたから、ショックだわぁ〜」
 モタとモタモタは口々に言う。わかばは思わず聞き返してしまう。
「も…モタモタさん達と一緒?」
「…わかばのトロい所が同類だと思われていたみたいね」
 マジョミカの妖精キキは苦笑いして言う。わかばは少しショックを受けていた。
「ショックな程、すごいんじゃろ。ならば、飛び級にしてくれっ」
 マジョミカは一気に言う。ようするに、飛び級をお願いしているのだった。
「駄目ぇ〜」
「だ〜めぇ」
 二人の試験官は拍子抜けする様な口調で拒否してくる。
「なんでじゃぁ!」
 マジョミカはモタモタの顔に自分の顔を擦り付けて逆ギレする。
「そんなにぃ、急がなくてもいいんじゃないのぉ〜。ゆっくりと育ててあげればぁ〜」
 モタがモタモタの顔に貼り付いた魔女ガエルを剥がしながら言う。
「わしは、さっさと元の姿に戻りたいんじゃ」
「そんな事…言われてもねぇ〜」
「わかばちゃんのタイム…実は新記録じゃ無いのよ〜」
「えっ」
 モタ達の言葉にわかばは驚く。わかば自身、あれだけイメージトレーニングしたし、本番も予想以上に上手く行ったと思っていたからだ。
「昨日ぉ、受験したあずさちゃんっていう子がぁ…今日のわかばちゃんの半分の時間で合格しちゃっているのよぉ」
「なっ…なんじゃとぉ…じゃとぉ…とぉ…ぉ…」
 マジョミカは信じられないという感じに独りエコーをかけながら叫ぶ。試験を知り尽くしたマジョミカが、ベストを尽くしたのだ、今日のわかば以上のタイムが出せるとは思えないのだった。
「だいたい〜マジョミカぁ…試験内容知り尽くしているから、ずるいわぁ〜」
 と逆に愚痴りだすモタにマジョミカはふてくされて言う。
「別に、ズルしてないじゃろうがっ」
「そーだけどぉ〜」
 モタは不満そうだった。隣でモタモタもうんうんと頷いている。そこに、突然、風が渦を巻いて1人の魔女が現れた。その魔女は威厳ある表情でマジョミカを見下ろした。
「マジョミカの言うとおりです。全ては魔女教師だった者の弟子となったその少女の運、運も実力のうちです」
「マジョサリバン様っ」
 その魔女の淡々としつつ、力の篭った口調に、マジョミカは緊張した声で叫んでいた。
「誰?」
 マジョミカの豹変振りに首を傾げながら、わかばはキキの耳元で尋ねた。
「試験官魔女の長で、元老院のマジョサリバン様よ。マジョミカの昔の上司で…マジョミカの最も苦手な魔女なの」
「へぇ…」
 わかばはマジョミカの新しい一面を見て、うなりつつ、マジョサリバンに頭を下げた。マジョサリバンはわかばに向って、こう言った。
「これ以降の試験は、さらに難易度が上がり、今までどおりには行かないでしょう。自己の精進を怠らず頑張りなさい」
「!?」
 マジョミカはマジョサリバンの『今までどおりには行かない』という言葉が引っかかっていた。それを尋ねようとしたマジョミカだったが、再び激しい風が吹き込み、マジョサリバンの姿は消えていた。

「本当に1人で大丈夫か?」
「うん、魔女問屋に買い物に行くだけだもん。それに初めてのお使いみたいで楽しいし」
 試験の帰り道、わかばは嬉しそうにマジョミカに言う。マジョミカは呆れ気味に答える。
「お前、いくつじゃ」
「もう、マジョミカのいじわる!」
「それじゃ、ミカと一緒に先に帰っているからね」
 キキはそう言って、マジョミカと魔法堂へ通じる扉のある場所の方へと帰って行く。魔女界では保護者的存在の二人と別れたわかばは魔女問屋に占いグッズの買出しに向かった。

***

 魔女問屋、そこは魔女界の流通の中心。あらゆる魔女界の商品が揃ったところせましと並んでいるのだが…初めての魔女問屋は、わかばの想像を絶して巨大だった。とにかく何処から手を付けて言いか全くわからなかった。そんなわかばの目に見た事のある笑顔が飛び込んできた。
「あぁ〜、みるとちゃんのシングルだぁ。よしっ、即買い!…でも売切れだ。」
 CDコーナーで見つけた魔女界のアイドル如月みるとのCDジャケットの笑顔だった。でも、サンプルだけで売り切れの札が付いていた。それにわかばはがっかりする。
「あら、マジョミカんとこのおジャ魔女じゃないのぉ〜」
 わかばに声をかけてきたのは、問屋魔女のデラだった。わかばは、デラに売り場を案内してもらい、目的の品をもれなく見つけることができた。
「もう、みずくさいわっ、占いグッズが売り切れたのなら、私を呼んでくれればいいのに」
 デラはムスっとして言った。
「いつもは、売れないのが昨日、急に売れたのね。それで…なんかマジョミカが自分で買いに行ったほうが安いって…」
「なっ!」
 デラは固まった。