おジャ魔女わかば
第8話「少女キキと黒猫わかば」
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“ガチャ”
 木製の扉が開くと、湿った空気と共に、叩くような雨音のノイズが室内にこれでもかと言う程流れ込んでくる。びしょ濡れで、トレードマークのツインテールのシュンとしぼませた桂木わかばが虹宮の魔法堂へやってきたのだった。店主のマジョミカは不機嫌そうに、そんなわかばを睨みつける。この雨で今日は客が一人も来ていないのだ。
「もぅ〜、急に降りだすんだもん」
 わかばはびしょびしょの体を見ながら口を尖らせて言う。
「梅雨じゃと言うのに、傘も持たんと外出するからじゃ。天気予報は見たのか」
 マジョミカが嫌味に言う。ごもっともなので、わかばは何も言い返せない、そこで話を変えるように言う。
「マジョミカと初めて会った日も、私、びしょびしょだったよね。あの時、マジョミカ、私に魔法をかけてくれた…」
 わかばは何かをお願いする様な瞳でマジョミカを見つめる。マジョミカは僅かに目線をずらして…。
「甘えるなっ」
“パチン”
 と厳しく言いながらも、弾いた指から魔法が発動する。直後、わかばの頭上にバスタオルが出現し、フワリとわかばを包み込んだ。
「ありがと」
 わかばは嬉しそうに、そのバスタオルで体を拭いていく。そして思い出した様に尋ねる。
「魔法堂の屋根の上に傘があったけど…あれ何?」
「ああっ、あれは…今日は集会の日なんじゃ」
 マジョミカは呆れ気味に答える。わかばは意味がわからず首を傾げる。
「集会って?」
「毎週、キキが近所の猫を集めて集会をしているんじゃ」
 マジョミカの説明にわかばは知らなかったとばかりに関心する。その集会、いつも魔法堂の屋根の上で行われているらしい。でも、今日みたいに雨で不自然に傘でも立っていない限り、わかばにはその存在すら気付けないようなものだった。

***

 魔法堂の屋根の上に立てられた黄色のパラソルの下に数匹の猫が集まっている。普通に目に付いても、猫好きの家の人がここに来る猫の為に傘を提供している微笑ましい風景みたいに映り、別に怪しくは思われないみたいだ。そんな猫達の中心に黒猫に変化した妖精キキが居た。
「なるほどねぇ…やっぱ、あの周辺の情報だけは集まらないかぁ」
 キキと同じく噂好きの猫達の集まりで、それぞれ持ち寄った情報を共有しているのだった。こうして街中の様子を把握しているのだが、一部、把握できない地域があるみたいだ。
「キキさん、あそこは無理ですよ…化け猫のボスがいますから…」
「ボスに睨まれたら、妖力で三日後には絶対死ぬって言われてて、誰もあの辺一帯には近づかないのよ〜」
 猫達は口々に言う。キキは少し呆れながら…。
「そんなバカなぁ…」
「キキさんは最近やってきたから知らないんですよ、ボスは100年生きて、妖怪になった猫なんですよ」
 猫達は皆、そのボスという長寿の猫を恐れていた。キキは自分は妖精として600年は生きている事を思い、まだまだだなぁ…っと、心の中で思っていた。ボスが住処としているのは虹宮北小学校の少し下にある小さな神社だった。その神社に隣接するようにコンビニエンスストアがあり、そのコンビニの廃棄食品をボスが独り占めしている状態なのだ。
「あの店の店員は猫好きなんだ…それでボスが来る前は、いろいろ美味しい物貰っていたんですよ。なのに…」
 一匹の猫が悔しそうに言う。
「何とか、共存出来ないものかしらね…良いわ、私がちょっと様子見てくるから」
 キキがそう言うと、猫達は心配そう焦ってキキを止めようとする。
「大丈夫、大丈夫、妖力なんて、跳ね返すから」
 キキはそう言って笑って見せた。

***

「まぁ、集会と言っても…簡単に言うと適当なお喋りするだけなんじゃがな。まったく、毎週ニャーニャーうるさいわい」
 マジョミカが文句を言っているとキキが下りてきた。
「随分な事、言ってくれるじゃないの〜マジョミカ。ところでさぁ、マジョミカ、あなた、時々、その姿で街をうろついているみたいね。都市伝説になりかけているから、止めなさいよね」
 キキに言われて、マジョミカはドキっとしている。本当の事らしい。わかばが確認する。
「マジョミカ、本当なの?」
「ずっと、ここに引き篭もっているのも辛いんじゃ…というか、なぜ、この事をお前、知っているんじゃ!」
 マジョミカは自分なりにキキやわかばに気付かれないように外に出ていたつもりだったからだ。キキはニヤリと笑って、次にわかばに向かって言う。
「わかば、この前の体育の授業で鉄棒やったんでしょ。逆上がり…私が教えてあげようか?」
 言われて、わかばは顔を真っ赤にして言う。
「キキ、見てたのっ」
「ううん、見てない」
 と言いながら、得意そうにキキは飛んで行く。
「二人とも、覚えておいた方が良いわ。情報は力なのよ」
 キキはそう言って、2階へ上がって行った。マジョミカとわかばは実際に情報で弱点をつかれ何も言い返せないでいた。
「…キキはな、近所の猫からの情報で、この地域一帯の情報を得ているんじゃ。もともと噂好きじゃったが、それが進化して情報収集の鬼となっておるわ」
「その為の集会だったんだ」
 わかばはキキの違った一面を見た気分だった。
“ピロリロリーン…ピロリロ…”
 テーブルに置いてあった携帯電話の着信音が突然鳴り出す。二人がその音にビクッとしていると、2階からキキが飛んで下りてきた。
「あれって、キキの携帯なの」
「ああ、そうじゃ」
 キキは自分の身長の半分くらいはある大きさの携帯を操作している。どうやらメールが来たみたいだ。メールを読みながらキキが言う。
「情報端末として携帯は基本でしょ。マジョミカも携帯持ったら〜、便利よ」
「そんなん持ったら、生活が忙しなくなるだけじゃ」
 マジョミカの年寄りみたいな言い訳にわかばは苦笑いしながら、キキの携帯のデザインから、それが魔女界の携帯電話である事に気が付いて尋ねてみる。
「魔女界からメールなの?」
「あっ、これ魔女の携帯電話だけど、人間界の携帯とも通信できるのよ。いわゆる…メル友ってやつよ」
 キキは照れながら言う。
「相手は獣医のタマゴで大学生じゃそうじゃ」
 マジョミカは呆れて言う。
「そ…そうなんだ」
 わかばは驚いていた。
「彼、猫好きで、猫の事に物凄く詳しいのよ〜。きっと良い獣医になるわ」
 キキはそう言いながら、嬉しそうにメールの返事を打っていた。