おジャ魔女わかば
第10話「はじめての占い」
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 子供にとっては年に一度のお楽しみ。長いお休み…そう、夏休み。長いと言っても、入ってしまえば早いもので、すでにそれも折り返し地点。
 今年は例年以上に猛暑で、夜中は…それはそれは寝苦しかった。ツインテールがトレードマークの少女、桂木わかばも寝る時には髪を解いていてストレート状態なので、少しアイデンティティに欠けるが、寝るのにそれを要求しても仕方ないだろう。わかばの部屋には冷房設備は無く、今年も扇風機で頑張っている。一晩中扇風機の風に当たりっぱなしは体に悪いだろうと3時間タイマーがセットされているのだが、タイマーが切れると、そこは無風の熱帯夜。体にかけていたタオルケットは無意識の内の場外へ退場させられ、あまり他人には見せられない見苦しい姿を晒す事になる。さらにうなされて、汗をびっしょりかいている訳で…寝苦しさ倍増だろう。
 人間が見る夢は記憶の整理作業によるものだという説もあるみたいで…。部屋の片付けをしていて、片付けていた漫画などを手にとってしまい…ついついそれを読みふけってしまうという事は多々あると思う。つまり、脳も、その近傍で体験した事などを頭の中のどの引き出しにしまおうかなという所で、ついつい、その記憶で遊んでしまう…それが夢だったりするのだろうか?
 わかばの部屋には数冊の古ぼけた本が開いた状態で放置されている。その開いたページには、音符マークが変形した様な記号が羅列されている。所々にわかばの可愛らしい字の書き込みが見られる。もちろん日本語だ。どうやら、これにわかばはうなされているみたいだった。寝言で意味不明な言葉がゴニャゴニャと聞こえてくるから間違い無いだろう。
 これらはわかばの師匠魔女のマジョミカが作った「一週間でバッチリ占い魔女基礎講座」のテキストだった。これを元にわかばはマジョミカから占いの授業を受けていた。一日6時間のペースでだ。これを一週間続ける事で占い魔女の基礎が身に付くと言う。そして、実は明日がその一週間目だったりするのだ。最終日は試験をするとの事で、そのプレッシャーが夢となってわかばを苦しめているみたいだった。

 そして明け方。
「さぶっ」
 ブルッと震えを感じ、わかばは目を覚ました。パジャマが汗を含んで湿っぽいので余計に寒さを感じる。わかばは“ガチガチ”と歯を鳴らしながら寒がる。
「何?…冬みたいだけど」
 異常さにわかばの眠気は吹っ飛んでいた。わかばは辺りを確認する様にキョロキョロする。緑の淡い光が飛んできてわかばの頬のすぐ横で止まる。
「シ…シシシシ」
 光が消えて、緑色のてるてる坊主の様な妖精が姿を見せる。わかばのパートナー妖精のシシだ。シシは“シ”としか発音出来ないが、魔女見習いのわかばとは意思疎通が出来ている。
「えっ、お琴ちゃんが来ているの?…それで涼しいんだね。ありがとう…ちょっと寒すぎだけど」
 わかばは苦笑いしながら言うが、お琴が何処にいるかわからないので、キョロキョロしながら話してみた。幽霊界の住人あるお琴は、いわゆる幽霊の類になる。人間のわかばには魔女見習い服を着ていないとお琴の姿を見る事が出来ないのだ。
「もっともっと魔女の修行したら、お琴ちゃんの姿、見える様なるよね」
 わかばは呟いた。そしてやる気が出てきた。
「よっし、頑張るぞ………くちゅんっ」
 やる気と一緒にクシャミも出た。

***

 わかばはシシとお琴を連れて早朝の街を魔法堂へ向かっていた。途中、森林公園の前で虫取り網と虫かごを下げた男の子二人がわかばに声をかけてきた。羽田勇太と佐橋亮介、わかばと仲の良い男子達だった。
「こんな朝早くにどうしたん?」
「桂木も昆虫採集か?…だったら、混ぜてやっても良いぜ」
 亮介はわかばを誘うが、わかばは首をふって答える。
「ごめん、行く所あるから」
 そう言って、足早に立ち去っていくわかば。
「桂木、ここんところ、付き合い悪いよなぁ…まさかっ」
 亮介はわかばの後姿を見ながら焦って声をあげる。勇太も驚いて尋ねる。
「亮、どうしたの?」
「いや、彼氏でも…なんて、んな訳ねーわな」
 亮介は自分で否定して話を終わらせる。
「でも…少し変わったよね…わかばちゃん」
 勇太は少し寂しそうに言う。
「ところでさ、どうでもいい事なんだけどさ…さっき、桂木いた時…ちょっと涼しくなかったか?」
「言われてみると…」
 わかばと別れてから急に暑さを感じた二人は汗を拭きながら顔を見合わせた。

***

 森林公園を越え、さらにその先の神社を通り過ぎた辺りに占いの館魔法堂はあった。1階は店舗スペースで2階は部屋が二つ。その内一つをリビングとして使用している。3階はマジョミカとキキの居住区として使用。さらに地下室があるそうだが今は物置として乱雑に荷物が押し込まれているらしい。
 さて、2階のもう一方の部屋は教師だったころの名残か、会議室のような感じになっていた。お昼前、その部屋からヘロヘロに疲れきったわかばが出てきた。続いてスコップで飛行する魔女ガエルのマジョミカも。
「あれしきの事で情けない」
「ふぁ〜、やっと終わったよ〜。自信ないけど…」
「ふん、教える事は全て教えた。お前も今日から占い師魔女見習いじゃ」
 1階に降りてきたマジョミカは、魔法で店の隅に小さな占いスペースを作った。
「ここがお前の仕事場じゃ。机は…ほらっ」
 マジョミカの魔法でオレンジ色のみかんが入っていたらしいダンボール箱が出てきて、それに紺色の布を被せ、占い用の台とした。この台を囲んで2つの小さな折り畳み椅子を出して、完成らしい。…わかばは不満そうに言う。
「なにこれ…。もうちょっと豪華にならない?」
「見習いの分際でぇ…これで充分じゃ。あと、このポスターを店の前に貼って来い」
 筒状に丸められたポスターを手渡されたわかばは怒鳴り声に背中押されながら外に出る。広げたポスターにはこう書かれていた。”見習い占い師エメラ、デビュー。料金は半額でOK”
「エメラって私のことぉ?…怪獣みたいじゃない。それに半額って…」
「ココで商売してるなんてバレたらまずいんじゃろ、それに、見習いが占うんじゃから半額で十分じゃ」
 わかばは渋々、店先の掲示板にポスターを貼り付けた。ちなみにマジョミカは”占い師ミーシャ”と名乗っている。